98 そういう相手じゃないよ
チョットマはニニの話を聞いていた。
「オーエンってアギに話を聞きたくて。どうしたら会えるか、知ってる人はいないかなって」
「エーエージーエスに行けば会えるけど、ニニひとりじゃ無理かな」
「うん。だから、アクセスIDがわかれば、もしかするとコンフェッションボックスから会えるかもしれないし」
「まさか」
オーエンが、パパと呼ばれてマトやメルキトの相手をしているとはとても思えない。
「そういう相手じゃないよ」
アヤの脚を切った男。
少女の話し相手になるような男ではない。
そんな応答をしながら、心は、先ほどまで部屋にいた市長ブロンバーグが話したことが占めていた。
市長は、心の準備をしておいてくれというばかりで、肝心の、何をどうすればいいのかという点については、言葉を濁してばかりいた。
まだ言えないのだという。
それが、カイロスの刃やカイロスの珠に関係したことであるのは間違いない。
しかし、なんらかの儀式を行うのだろうという程度しか知識のないチョットマにとっては、すこぶる尻の据わりの悪い話で、苛立ちだけが募ったのだった。
「そう? オーエンに話は聞けないか。どうせ私、コンフェッションボックスなんて、入ったことないし」
「何を聞きたいの?」
「いろいろ」
「じゃ、ライラに聞いたら?」
「ううん。もともとオーエンってアギのことは、ライラから聞いたのよ」
「なんだ」
「ゲントウっていう科学者のことや、ライラのご主人、ホトキンさんのことも」
市長が口にした、もうすぐカイロスの刃がこの街にという言葉。
詳しく話をする時は近い。そんな意味だと、チョットマは理解した。
エリアREFの噂を繋ぎ合わせて、自分なりに考えていることがある。
緑色の髪を持つ自分が、地球を救うための儀式に臨み、何らかの役割を担うのだろうと。
あるいは、自分自身が中心となって執り行うのかもしれないと。
噂を耳にしてから、自分にそんな重大なことができるものか、という思いと、なぜ私が、という思いが重くのしかかり、心が押し潰されそうになってもいた。
逃げ出したい。いや、そんなことはない。できるかもしれない。なるようになる。
気持ちが揺れていた。
しかし、とうとうそんな毎日に終止符が打たれる。
いよいよ、そのときが迫ってきている。
そう思おうとした。
「ねえ、チョットマ。そもそもアンジェリナって、誰だろう。なんてこと、考えたことない?」
「……ないなあ」
それを言うなら、セオジュンだって。
そう。
セオジュンを探す。
これは、緑色の髪を持つ自分の使命を考えてしまうことから逃れるため、だったのかもしれない。
ううん。違う。
友達がいなくなったら、誰だって、どこに行ったのか、気になるじゃない。
チョットマは、自分の思考が揺れ動くたびに、心の中を覗いてみようとしていた。
しかし、そのこと自体、自分の心の弱さの証ではないか、とも思うのだった。
「アンジェリナって、アンドロってことになってる」
「うん」
「でもさ」
口ぶりに、逡巡がある。
チョットマの受け答えも、ニニには悪いが中途半端である。
それが反映しているのかもしれない。
「ちょっと、普通のアンドロじゃないみたい、なんだな」
ニニは、慎重に言葉を選んでいるようで、ポツリポツリと話す。
「それを言うなら、セオジュンがメルキト、というのも怪しいものね」
チョットマは、そう返した。
二にはセオジュンをどう思っているの? という気持ちが動いた。
しかし、ニニの話題はそこを避けていく。
セオジュンに想いを寄せ、任務としてアンジェリアを見守る。
そんなニニとしては、今はセオジュンへの想いは封印しておきたい、のかもしれない。
「私も、普通のアンドロかっていうと、そうじゃないけど」
アンジェリナの話題から動こうとしない。
「へえ。どう違うの?」
「私は……」
チョットマは、パパとコンフェッションボックスで色々な話を楽しんでいた頃のことを思った。
タールツーが暫定長官になってからも、街にはコンフェッションボックスがあり、人々がパパやママと以前どおり、会話していると知ったからだ。
無性にパパに会いたくなった。
パパッ、と部屋に入って行き、お気に入りのあのベルベットのスツールに座りたくなった。
それが無理なら、フライングアイのパパでも全然いい。
そういや、アヤとも最近会ってないな、とも思った。
ニニは、自分がどう普通でないかを話している。
何世代にもわたって、ニューキーツの歴代長官の付き人をしている。
それって珍しいでしょ。
それに、最近はエリアREFに住んでる。
めったにいないよ、こんなアンドロ、と。