90 その手、離してもいいと思うぜ
「見ろ!」
ンドペキ達が出現した、まさしくその位置に降り立ったパリサイドは、四人。
いずれも人を抱えている。
他は、もう少し上の地点に向かっていく。
百余というパリサイドが、それぞれ太い丸太をぶら下げていた。
「んっ」
パリサイドが一定の地点に、その丸太を落とし始めた。
「なんだありゃ」
と、ンドペキのゴーグルが稜線上の声を拾った。
「これくらいの量で足りますか?」
男の声。
「足りるかどうか、それは分からぬ。生贄を喰らうものが判断すること」
年老いた女の声。
「お婆さん! それじゃ困るよ!」
これは少年の声だった。
ンドペキは息を呑んだ。
スジーウォン!
パリサイドに抱えられて降り立った四人の中に、見慣れたスジーウォンの装甲。
紫がかった光沢に、牡丹と竜の透し彫り。
「スジー!」
思わず、声を限りに叫んでいた。
「行こう!」
ンドペキは、稜線に向かって駆け出した。
「スジー!」
マルコも叫んだ。
「姉さん!」と、ミルコも。
しかし、スジーウォンは一顧だにしない。
「どうなってんだ!」
「聞こえないのか!」
「スジー姉さん!」
叫びなら駆け寄っても、振り向きもしない。
スジーウォンだけでなく、パリサイドも含め誰も。
「止まれ!」
足を止めた。
これほど近くに来て、気づかないはずがない。
もう、五十メートルほどの距離にまで詰めている。
「おかしいぞ」
罠。
その言葉が脳裏をよぎる。
「様子を見よう」
四人は、何が起きてもすぐに攻撃できるよう、戦闘態勢をとった。
「ンドペキ、その手、離してもいいと思うぜ」
マルコに言われて、ようやくスゥの手を離した。
「でなくちゃ、武器、使えないぞ」
「だな!」
相手は地球人類四人と、パリサイド四人。
スジーウォンらしき者、武装した少年、一般市民であろう老人と老婆。
ひときわ体格のいいパリサイドと、その部下らしきパリサイド。
だれも、相変わらず関心を向けてこない。
ゴーグルを通さなくても、もう声は明瞭に聞こえてくる。
「本当にこの丸太が生贄でいいのか」
細身のパリサイドが発した声。女性だ。
「やってみればわかる」
まさしく、スジーウォンの声。
「そうさ! 頼むよ!」
少年の興奮した声。
指揮官らしきパリサイドは、落ち着いた声をしていた。
「我々としては、行きがかり上、あなた方の希望に沿うように動きたいと思います。ただ、状況、あるいは目的を、もう少し詳しく話していただけませんか」
部下の不満が高まっているのだという。
「たとえ、サブリナの言伝だとしても、これほど大規模な儀式、儀式と言っていいんでしょうね、まで執り行うことになるとは、誰も思ってもみませんでしたので」
「そうして欲しいな」
と、別のパリサイドが指揮官に同調した。
「じゃ、まず僕から話すよ」
少年が一歩前に出た。
その間にも、丸太は稜線に次々と落とされている。
少年の視線に誘われて、居並ぶ者たちが一斉にその様子を見た。
「あそこにあるのは、カイロスの刃というもの」
「カイロスの刃とは?」
「今から話すんだから、腰を折らないでくれるかな」