84 あたしの昔話をしなくちゃいけないね
顔を覗かせたのは、レイチェルSPのひとり、マリーリだった。
「お取り込み中のようですから、また後ほど」
と、辞していく。
チョットマは引き止めなかった。
ライラの顔にちらりと、断れというサインが見えたような気がしたから。
案の定、ライラは「あの女は、気に入らないね」と吐き捨てた。
どうしてなのだろう。
マリーリは、聡明な女性という言葉が似合う、颯爽としたアンドロである。
外見的には四十代後半だが、美しい容姿をしていて、言葉も振る舞いも人を安心させるものを持っている。
レイチェルの秘書で、ハワードと並んでSPの中でも特に信頼されていた存在らしい。
「あの女、前からアンジェリナのこと、嗅ぎまわっていた」
「えっ、そうなの?」
「知らなかったのかい。以前から、REFで時々見かけた。レイチェルにアンジェリナの様子や地下の状況を報告でもしてたのかねえ」
「へえ」
「どんな様子だい?」
「マリーリのこと? 今もREFに残って、隊に協力してくれてるけど……」
「ふうん。変わったことは?」
チョットマには応えようがない。
親しくはないし、関心を持って見ているわけでもない。
「あの女、セオジュンとアンジェリナがいなくなってから、ますますいろんなところに出没しては、二人の行き先を聞いて回ってる」
どんな目的があって、とまでは言わなかったが、明らかにライラはよく思っていない。
「今も、おまえにそんなことを聞きに来たんだろ」
放っておけ、と言っているような口ぶりだった。
「さ、話を戻そうか」
ライラが声音を変えて、
「おまえにも関係する話だよ」と、言った。
チョットマは、聞きたくないと思った。
噂は耳にしている。
レイチェルのクーロンだから、という類のことではなく、緑色の髪に関すること。
単に奇異の目で見られているというのではなく。
もちろん、嫌悪されているとは感じなかったが、気持ちのいいものではなかった。
思わず、
「ゲントウって人のことは?」と、聞いた。
話題を自分からそらすつもりもあったが、もう少し聞いておきたいと思ったのだ。
「ん? そんなこと、聞きたいかい?」
「うん。なんとなく」
自分が緑色の髪を持っているから。
それだけだろうか。
しかし、聞いておかねば、という気がしたのも事実だった。
ライラはふうぅ、と長い吐息をつき、
「それじゃ、あたしの昔話をしなくちゃいけないね」と、予想外のことを口にした。
誰にも話したことのないことだよ。
黙っててくれるかい?
「うん。でも、そんな話なら聞かなくていい。なんだか失礼な気がするから」
「チョットマ」
と、ライラが厳しい目をした。
「あたしゃ、おまえだから話そうとしているんだよ。聞けないって言うのかい」
「そういうんじゃないけど……」
またライラが溜息をついた。
「おまえの身に、これから大変なことが起きるだろう。その前におまえは、いろんなことを知っておかなくちゃいけない」
「はい……」
「でないと、自分が何をしようとしているのか、何がしたいのか、わからなくなる」
「はい……」
「太陽が無茶を始めた。今度は本気のようだ。それなりにこちらも対抗策をとらねば、未来はないよ」
「うん……」
「そのときに、おまえは自分の役割を果たせるかい? おまえの役割がなにか、それは誰かから聞くだろう。でもその後は、自分で考えることじゃないか」
「うん……」
「あたしにできることは、おまえが知っておいたらいいだろうと思うことを、話して聞かせるだけ」
「わかった。ライラのこと、もっと聞かせて」
「よし」
と、ライラが椅子を近づけてきた。
「その前に、おまえには感触が掴めないだろうから」
その言葉通り、ライラの言うことは、チョットマには実感の沸かないことばかりだった。