83 カイロスの珠、カイロスの刃
忘れ去られた村に、いつの頃からだろうね。少しずつ、人が増えてきた。
その連中がなぜこの村にやってきたのか、最初の頃はわからなかった。
でも、彼らが自らをカイロスの民と呼び始めたことで、何らかの目的を持ってやってきたことがわかった。
目的は、ゲントウの作った装置カイロス。
それを守ること。
「元の住民は、装置のことも忘れていた。まさかそんなものが自分たちの村に関係しているとは、思ってもみなかったんだ」
カイロスの民は、装置の存在は話しても、詳細はひた隠しにしていた。
しかし、長い年月が経つ間に、少しづつわかってきたこともある。
まず、その装置を発動させるために必要なもの。
「カイロスの珠、カイロスの刃って言われているもの」
昔、それらはいずれも、このサントノーレに保管されているということだった。
「ところがさ、人間ってのはあてにならないね。月日が経つ間に、カイロスの民も変質し始めたんだよ」
地球を守るためにある装置が、いや、地球を破滅させるものだと言い出した連中がいたんだよ。
やがてカイロスの民は、二派に分裂した。
いざというときにカイロスを発動させて地球を守ろうとする「カイロス展開派」。
そして、カイロスが発動すればブラックホールが出現し、地球は呑み込まれてしまうという「カイロス収縮派」に。
「あたしはどちらが正しいのか、なんてことに興味はないよ。でもね、元々ゲントウが地球を守ろうと作ったものだったなら、展開派の主張が正しいんだろうとは思う」
当然、二派は相容れない。
異なる意見がぶつかり合い、さまざまな伝承が生まれ、何が正しいのかもわからなくなってしまった。
そしてその間に、伝承は宗教的な色彩を帯び、ますます真実を見えないものにしていった。
「とうとう、カイロス収縮派が先手を打った。大切に保管されていたカイロスの刃を持ち出してしまったんだ」
当時、この村は大騒ぎになったけど、後の祭り。
「出て行った連中が、ユーラシア大陸の北部にロア・サントノーレという村を作って、そこに立て篭もってしまった。そんな噂を聞くのは、それからまた数十年程経ってからだけどね」
「ということは、カイロスの珠というものは、この街にあるの?」
「そういうことになってる。その在り処を知っているのは、ごく一部の人だけ。もしかするとオーエンと市長だけかも」
この街に数百年住み続けてきたライラは?
チョットマはそう思ったが、何も言わなかった。
扉を叩く音がしていた。