82 ここがニューキーツになるもっと前
「ゲントウはマト。でも、もう死んだ。いい男だったけどね。事故で。この街の地下水系に転落したのさ」
それでは、レイチェルと同じではないか。
ライラはそれも知っていて……。
自分の都合のいいことだけ話して、都合の悪いことは黙っておく。それは、卑怯者のすること。
そう叱られたことを思い出す。
ここで黙っているのは、それこそ確信的に卑怯……。
「ライラ……、私……」
「いいんだよ。お前はンドペキ隊の兵士なんだから」
ライラはすべて知っているんだ。
チョットマはそう思った。
「だから、話すべき時が来れば、話すべき人の口から語られる。それでいいのさ」
「……うん」
ライラの手が伸びて、チョットマの緑色の長い髪に触れた。
チョットマの目に、涙が滲みそうになった。
カイロスの民が棲みつく前のサントノーレ。
廃れた村。
住んでいたのは数十人。
閉山の村の成れの果て。
昔はあんなに賑わったのに。
あたしはずっと、ここに住み続けている。
数百年もね。
鉱山技師にもたくさん友人がいたよ。
「ライラは、この街の人だったのね」
生粋のサントノーレ人。
チョットマは、そんな言葉を使うことは今までなかったし、聴いたこともなかった。
「不器用だから。他の街じゃ、あたしみたいなお転婆は、やっていけないよ」
ライラはうれしそうに笑って、またフルーツを口にした。
「最初の再生地はランダムに選ばれたけど、私はたまたま、自分の生まれ育ったこの街。それがあたしの最初で最後の強運、ってもんだね」
ライラは笑った後に、「ここが、あたしの故郷。おまえもね」
「うん!」
ライラの話が続いていく。
ゲントウがその装置を作ってから、年月が流れた。
装置の存在そのものが忘れ去られた。
「ゲントウは装置のことを、公開しなかった。それほど、強力なものなんだろう」
どんな効果を発揮するのか。どこにあるのか。
もう、誰も知らない。
オーエンは知っているかもしれないけどね。
「オーエンとゲントウは、エーエージーエス建設当時の盟友。そう、ホトキンから聞いたことがあるよ」
「そういや、旦那様はお元気?」
チョットマの拳にはまだ、ホトキンを殴った感触が蘇ることがある。
「さあね」
時々ホトキンがエリアREFに戻って来ていることを、チョットマは知っていた。
「ふん。元気にしてるさ。生身の人間だから、食料もいるし、用事があるたびに戻ってくる」
憎々しそうにライラは言うが、まんざらでもないのだ。
「あいつも他人様のお役にたてて、思い残すことはないだろうさ」などと言った。
「さあ、話の続きだよ。ここがニューキーツになるもっと前」
「はい」