71 アギの思考も、あるときプッツン
チョットマはパリサイドの群れに対峙し、緊張する時間を過ごしていた。
パリサイドには代表者といえる人物はおらず、やたら騒がしく、傍若無人で不愉快な連中だった。
「こいつが、人を殺したんだ!」
そう叫ぶパリサイドに、ンドペキが武器をガチャつかせている。
「なんなら、もう一丁やってみるか」
と、挑発までして。
横にはパキトポークの巨体とロクモンの巨体が控えている。
「こいつは無視して、落ち着いて話し合いましょう」
コリネルスが提案している。
柔硬両面作戦である。
所詮、相手は烏合の衆。
コリネルスらの巧みな折衝によって、パリサイドはおとなしくなっていった。
「では、一旦は元の部屋にお戻りになり、代表の方を決めていただいた上で、再びお会いする機会を持ちましょう」
となった。
イコマは数日前のユウとの会話を思い出していた。
アギを実体化する、つまり身体を持った人間に戻す計画。
「でも」
すでに、ンドペキという肉体を手に入れたではないか。
「前にも言ったけど、太陽フレアの極大期が近づいてる」
「ああ。知ってるよ」
いつ襲ってきてもおかしくない状況である。
現に、頻繁に停電は起きるし、通信網もその都度、打撃を受けている。
「今回のは、人類がこれまで経験したことのない規模。数万年に一度というような。万一……」
と、ユウは言葉を濁した。
アギ達の間でも噂になっていた。
地球の電気的なシステムは、すべて完璧に破壊される恐れがあるというのだ。
アギもとうとうお陀仏だと。
「アギの思考も、あるときプッツンだな」
「そうやんねえ」
ユウは明確に言わない。
イコマの意思を尊重するという。
「ユウやアヤちゃんと再会できて、それで満足するべきなんだろうな」
イコマは朗らかに言ったが、ある程度の覚悟はできている。
そうなることを見越して、ユウはンドペキと思考を一体化させたのではなかったのか。
そう思い至ってもいる。
つまり、己は、アギのイコマは消滅するのだ。
アギを実体化する計画……。
自分とンドペキのように、アギと、マトやメルキトの誰かを同期させることなのだろうか。
それは大きな混乱を招くことになる。
そもそも同じ人間ではない。
いや、もしや。
事実は、ンドペキは自分のクローンではなかったとしたら……。
思考が一体化してしまえば、そんな疑念は浮かびもしない。
現に今、違和感はほぼない。
しかし、ユウがそんなことをするはずが……。
イコマは不安を胸の外へ追いやった。
「なあ、ユウ。その計画ってのに、乗るべきか?」
ユウは応える代わりに、昔話を始めた。
「知り合った頃のこと、覚えてる?」
六百年前、大阪の街。
思えば奇妙な恋人同士だった。
あまりにも歳が離れていた。
やがて一緒に暮らすようになったが、なんとなくじゃれあってばかりで、結婚という寿ぎの節目を迎えることはなかった。
「どこへ行っても、私、ノブの会社のスタッフ、ってことになってたよね」
「だったな……」
「須磨の事件の時も、綾ちゃんと出会った大西村も、奈良の事件でも」
「ああ……」
自分は世間の目を気にしていたのか。
今にして思えば、いや、もう何百年も悔やみ続けたこと……。
事務所兼住まいのマンションの狭い一室で、大いに愛を語った。
しかし、何年付き合おうとも、結局は結婚もせず、子もない。
そしてアヤが参加し、三人の家族になった。形の上では。
楽しかった。
小さな一粒の幸せを感じていた。
「悪かったと思ってる」
その関係が、いや、その関係に甘んじてしまっている自分のふがいなさがユウを苦しめていた。
それを今は知っている。
「形」にすること。
思いを実態化すること。
それが次のステップに繋がるのに。
当時の自分には、そんなことさえできなかったのだ。