65 ンドペキ達、行き詰ってるし
カイロスの珠。
あの横穴の向こう、それが保管されているだけだろうか。
しかし、それほど大切なものなら、もっと地下深くに保管されていそうなものではないか。
例えば、ここサキュバスの庭の最奥部などに。
「確かめてみたいと思う」
ンドペキはその気だった。
「実は、二百年ほど前の航空写真を見た」
「へえ。なに?」
イコマが新たな情報を得ていた。
古いニューキーツの航空写真を探し当てたのである。
そこには、あの煙突が写っていた。
轟然と炎を上げている四本の煙突が。
「そういや……」
スゥが、昔を思い出そうとしている。
何世代も前の大昔。
「あそこはいつも、火の海で」
ゴミ焼却場のことである。
「今みたいに通ることはできなかった。あんな橋もなかったし……」
「なるほど」
「もともと、ゴミを燃やすところじゃなかった気がする」
「ん?」
「神聖な趣だったし、清浄な炎がなんとかかんとか」
「また頭のいかれた信者どもの話か?」
「たぶん、カイロスの連中のカムフラージュだったんだろうね」
スゥが思い出したことは、新たな発見といえた。
当時、プリブの部屋やホトキンの間に向かうには、別のルートがあったはず、ということになる。
「どこだったか、思い出せないけど……」
シェルタに直接繋がる情報ではなかったが、エリアREFにはまだまだ知らない部分があるということだ。
「俺達には情報が少ない」
「そうねえ」
スゥは市長とやらを知っているのだろうか。
「ブロンバーグという男、らしいんだけど」
「名前だけは」
顔は知らないし、普段どこにいるのかも知らないらしい。
「ライラなら詳しいと思うけど」
「そんなんだけど」
ライラはこと市長の件に関してはつれない。
「だって、こう言っちゃ何だけど、ンドペキ達、行き詰ってるし」
「ん、まあ、だから」
話を戻した。
四本の煙突は盛大な炎を上げていた。百年以上前は。
今日、クシの死体を五寸釘で打ちつけたステージは、燃え盛る炎の中の、さながら生贄を捧げる台。
それを喰らう大蛇。
レイチェルのシェルタの位置を示すあの言葉……。
「調べないわけにはいかないだろ」
既に事態は切迫している。
今こそ、あの横穴の先にあるだろう扉を開くべきときではないか。
「うーん。でも、確かめてみるって、どうするつもり?」
スゥが心配そうに眼をしばたかせた。
あの横穴を調べるには、スゥかライラの協力が必要だ。
でなければ、まず、あの階段室に入れない。
まさか年老いた兵たちに、開けてくれと頼むわけにはいかない。
「二週間後……」
クシの死体を回収に行くとき。
「フライングアイで飛び込めば、その先どうなるか、わかるだろ」
万一、妙なトラップにかかって身動きが取れなくなれば、放置してくればいい。
「待てる?」
あと二週間。
ますますスゥが心配そうな顔をした。
「待てるか待てないか、じゃない。待つしかないんだ」
「ふう!」
スゥがこれ見よがしの溜息をついた。
「恋人にも頼まないんだ」
「頼まない。巻き込みたくない」
ルール破りは、スゥに街を裏切れというようなもの。
扉を開くことができたとしても、その見返りにスゥの身に何かあれば、取り返しがつかない。
現に、あの階段室で、スゥはあれほど念入りに近づくなと繰り返していたのだ。
聞かれていることを前提としたポーズであったとしても。
「ねえ、ンドペキ。それってさ」
納得がいかないらしく、難しい顔をして睨んでいる。
「なあ、スゥ……」
「もういい。結局、ンドペキはそういう人」
そうだ。
スゥが、心からひとつになっていない、と感じてもいい。
自分には、二人で乗り切っていく覚悟がないのかもしれない。
それでいい。
スゥだけは守りたい。その思いが何にも勝る。
今はまだ。
「ゴミ焼却場の下の横穴が空振りだったら、そのときは……」
しかし、ゴミ焼却場の方は望み薄。
「さて、そろそろ様子を見に行ってくる。コリネルスも苦戦してるだろ」
スゥは返事もしなかったが、二人は短いキスを交わした。
しかし直後、スゥが顔色を変えた。
「ちょっと待って! 外が騒がしい!」