63 速やかにご移動を
スゥが踏み込んでいったのは、またバーチャルな壁の向こう側。
先ほどまでと同じような部屋。
異なるのは階段。まるで梯子段。
急で、またかなり上まで続いている。
「この階段が実体化しているのは十五分間。それが過ぎれば、空間そのものも失われます。急ぎましょう」
「わかった」
あの横穴がシャルタの出入り口であれば、これは上部からの侵入を防ぐための仕掛けではないか。
しばらく登ってきて、段梯子はとうとう行き止まりになった。
スゥが壁に手を当てている。
と、壁が動き出した。
眩しい光が漏れ出してきた。
大きな四角い輪郭を伴って、扉が開いていく。
空が見える。
やがて、扉は外側に倒れ、そのまま屋根の上に突き出たステージとなった。
石と見えていた壁は、ステージとなるや、板張りのデッキとなっていた。
街の上空に出た。
「ここです」
スゥに続いて外に出たンドペキは、予想が正しかったことを知った。
ゴミ焼却場の煙突が回りにそびえていた。
ステージはそのまさしく中央にあった。
急勾配の屋根に突き出たプラットフォーム。
朝日がまぶしい。
朝焼け。
久しぶりにこんな空を見た気がした。
「そこに」
スゥが示した位置に、クシの死体を置いた。
久しぶりにスゥが顔を向け、
「すごいことをするけど、嫌いにならないでよ」
と、笑った。
階段部屋から出たここ屋根の上は、音声がモニタリングされる心配がないのだろう。
「ふうっ」
と溜息までついて、しゃがみこんだ。
「では」
懐から取り出したものは、大きな玄翁と五寸釘。
「それにしても、こんなに厳重に梱包された死体は初めて」
クシの死体。
白い布でぐるぐる巻きにしてあった。
「まるでミイラ」
躊躇することなく、スゥは死体の頭部に釘をあて、玄翁を振り下ろした。
頭骨が割れる音がするが、スゥは構うことなく釘を打ち込んだ。
「単に、死体」
次は両足と見られる位置に五寸釘を打ち付ける。
「本当は腕もするんだけど、これじゃあね」
ミイラ状に巻いてある。
「ここにしておこう」
と、肩の辺りに釘を打ち込んだ。
「さ、終わり。急いで降りましょう」
スゥは、あっさり階段を下りていこうとする。
ンドペキはもう一瞬だけでもと、再び周囲を見渡した。
街の眺望などに興味はない。
このステージや煙突の周りに、目に付くものはないかと。
シェルタの入口に関係する何かがないかと。
「速やかにご移動をお願いします!」
階段室に入るなり、スゥはまた事務的な口調に戻る。
厳しい声に促されて、ンドペキはステージを後にした。
イコマと意識が同期するようになって、こういうときに役に立つ。
電脳に蓄積された画像を後でゆっくり吟味すればいい。
「ここから先、立ち止まることは許されません。誰かが立ち止まれば、私達全員の命はないものとお考えください」
あの横穴をしっかり観察しようと思ったが、その期待は裏切られた。
そのときだ。
おっ。
微かに床が揺れた。
と同時に、低い爆発音が聞こえた。
「何かあったのか」
その場でンドペキは、コリネルスに連絡を入れた。
今、隊員たちは、ごみ焼却場の内部を徹底的に調べているはず。
「追ってこちらから連絡する」
コリネルスの短い返事の後、プリブから連絡が入った。
「ゴミの下に横穴を発見! 燃焼室に空気を供給するための穴と見られます。人が通れます! 引き続き調査を進めます!」
踊り場に差し掛かった。
横穴を見ながら通り過ぎる。
依然として奥の様子は掴めない。
「爆発音は我々のものではない。ただ、ひとつ発見がある」
煙突の内部を調べているコリネルスからの報は、多数の横穴の発見を告げていた。




