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61 SAINT HONORE

 ンドペキはクシの死体処理に向かっていた。

 ライラに指定された場所は、ゴミ焼却場の手前、今はもう姿を見ることはないが、旧式な武器を持った兵たちが、通過する者を誰何していた、あの場所である。


 ンドペキはクシの死体を二名の隊員と運びながら、別のことを考えていた。

 途中、ローブの男が門番をしているところを通る。

 門番に、チョットマを救ってくれた礼を言わなければならない。

 ただ、あいつは苦手だ。

 一言二言、言葉を交わしたことはあるが、なにしろ顔を見せることは全くないし、短い返事をぶっきらぼうに寄越してくるだけの男。

 そしてあのカギ爪。


 昨夜、門番はいなかった。

 そして、どういうわけか、今も不在だった。

 これまでなかったことである。


 帰ってくるのをしばらく待ったが、戻ってくる様子はない。

 いつまでも待つわけにもいかず、念のため前もって用意しておいた箱を取り出した。

 中には礼をしたためた書簡が入っている。


 通過時にコインを渡すのが決まりだし、箱を床の上に無造作に置いておくのも失礼な気がして、どこか適当なところはないかと周りを見回した。

 せめて、門番がいつも座っている敷物があればいいのだが、それもない。



 SAINT HONORE


 壁の文字に気が付いた。

 サントノーレか……。



 しかたがない。

 箱にコインを入れ、床に置いた。

 できれば会って礼を言い、なぜチョットマを救ってくれたのかも聞きたかったのだが。

 箱を床に直に置いておく、そんな不遜な態度が、あいつの心証を悪くすることにならなければいいが。



 エリアREFの住人達から、自分たちは快く思われているだろうか。

 そうは思えなかった。

 昨夜、ライラから言われたことを思い出す。

 あんた達は必ずしも受け入れられているわけじゃないと。


 ライラは、死体処理の方法について教えてくれた後、心配そうな顔を向けてきた。

 具体的に何をどうしろ、と助言があったわけではない。

 ただ、市長が会おうとしないのも、シェルタの位置について情報が集まらないのも、なぜだと思うか、と言うのだった。


 理由はわかっている。

 レイチェルが死んだことを伝えていないから。



 隊がエリアREFに来てかなりの日数が経つというのに、レイチェルは一向に姿を見せない。

 市長はじめ、REFの住人はそれを不審に思っているのだ。


 かつてライラは、自分の都合のいいことしか喋らない、とチョットマを叱ったことがある。

 まさしく、あの時と同じではないか。

 いや、あれより質が悪い。




 昨夜、ンドペキは意を決して、ライラに本当のことを告げた。

 自分の落ち度によって、レイチェルを死に至らしめたことを。


 そして、レイチェルから与えられていたチョットマの任務を。

 もちろん、チョットマの素性を。




 ライラは、さして驚く様子もなく、そんなことだろうと思ったよ、と肩を落とした。

 ただ、そのことを市長に告げるが、いいね、と念を押してきた。

 ンドペキは頷くよりほかなかった。

 これまで黙っていたことを詫びていた、と付け加えておいて欲しいと。


 レイチェルが死んだこと。

 そしてその責任が自分にあることを、市長はどう思うだろう。

 個人的な感情なら、どう思われようと構わないが、街の奪還という作戦に支障が出るのは困る。

 ただ、そんな思いはライラに告げはしなかった。

 あくまで、隊長としての自分の胸の内に留めておくべきことだった。




 さあ、行こうか。

 ンドペキは隊員たちを促して、クシの死体を担ぎ上げた。

 チョットマは今、イコマと話している。

 クシのことを忘れたいというように、セオジュンやハワードを話題にして。

 チョットマの気持ちが痛いほどわかった。


 彼女も迷っているのだ。

 自分たちがハクシュウだと思っていたあの顔は、果たしてハクシュウ自身のものだったのかと。

 クシのものだったのではないか、と。

 今、答はないし、もし将来ハクシュウと出会うことがあるとしても、真実が語られることはないだろう。


 どうでもいいことかもしれない。

 しかし、顔を見せ合って心を通わせた、とあの日思ったことは、まやかしだったのかもしれない。

 真実がねじくれたままの、中身の浅い喜びだったのかもしれない。


 チョットマはそれが辛いのだろう。

 ンドペキとて同じ思いだった。

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