306 ンドペキ一家
レイチェルはニューキーツ長官として、多忙だった。
昔と同じように、多くの決済事項が彼女に集中していた。
しかし、ここはパリサイドの宇宙船。
全権限がレイチェルにあるわけではない。
むしろ、パリサイドの船長からは、客人としての扱いを受けていた。
まだ、傷は癒えきってはいない。
サリに刺された傷。
そして地下水路を流されたときにできた傷。
失った血液。
弱った体。
日に何度も、傷が痛むという。
高熱に苦しみ、寝込んでしまうこともあったが、常に朗らかに、天真爛漫さを振りまいていた。
カリスマ性が増し、レイチェル命、という若者が増えていた。
ンドペキと話す機会は減ったが、それでも会えば昔のように嬉しそうな声を出すのだった。
相変わらず恋人探しはしているようだ。
ただ、もうクローンを使って、などという手は使わず、船内に開店したバー・ヘルシードに顔を出しては、グラス越しに客を眺めるのだった。
そして、常につき従っているマリーリに、「たまにはひとりにさせてね」などと言うのだった。
しかし、誰にどのように救出され、どこで誰から治療を受けていたのか。
このことについては語ろうとしなかった。
いずれ、しかるべき人が話してくれる、と言うのみだった。
サブリナ、そしてオーエンの妻サーヤの命は助からなかった。
ヘルシードのマスターにサポートされ、付き添いのアンドロとこの次元に戻ってきた時、着いた先はエーエージーエスのチューブの一角だった。
灼熱の地獄。
そこは凄惨を極めていた。
折り重なるアンドロの死体。
太陽フレアに焼かれた肉体の山。
アンドロでさえ、チューブの中で瞬間的に増幅されたフレアの切っ先に触れれば命はない。
さすがのパリサイドも倒れた。
折り重なって倒れたアンドロの死体はその後、幾度なく吹き荒れた熱波に焼き尽くされた。
次元を帰還してきたライラとホトキン、スミソとチョットマが、チューブの底に転がったサブリナを見つけた時、薄っすらと目を開き、お母さん、お父さん、と声を絞り出したという。
そして、それきりだった。
ライラとホトキンには、サブリナの死を乗り越えようという意識が生まれ始めていた。
サキュバスの庭の女帝、と呼ばれたころのライラに戻ろうとしているのか、このぼんくらには飽き飽きしたよ!と毒づきながら、ホトキンを連れまわしていた。
自分の事務所にふさわしい部屋はないかと。
そして、チョットマを訪ねては小言を並べ、アヤを訪ねては、聞き耳頭巾の布に触れさせろとねだるのだった。
そのライラの希望に、アヤはいつも喜んで聞き耳頭巾を出してくる。
貸してあげる、と言うのだったが、ライラは滅相もない、と断るのだった。
アヤは義足を外した。
パリサイド流の治療によって、やっと足が再生されたのだ。
足が完全に治ったことで、オーエンに対する憎しみも完全に消えていた。
ンドペキをパパと呼ぶことに決めた。
スゥにはママ。
ユウ、つまりJP01のことはユウお姉さん。
そして、イコマのことは、昔ながらの呼び方、おじさん。
「そうとしか、言いようがないじゃない!」
アヤの家族は、ンドペキとスゥ。
それは誰もが知るところとなった。
隊員の中には、ンドペキ一家などと呼ぶ者も多かった。




