3 助けてあげようか?
街は、制空管制が敷かれていた。
噂では、戒厳令の発令も間近だという。
パリサイドの要求をはねつけ、戦闘による排除も辞さぬ構えなのだ。
街の長官ジュリエットは、多くの人類を連れ去った神の国巡礼教団を許せず、その末裔であるパリサイドも激しく憎んでいるという。
「私は、そうねえ、例えばニューキーツとかに行きたいのよ。大きな声じゃ言えないけど、もううんざり」
女は、戦争なんてごめんだ、という。
「だって、勝てると思えないもの」
「そんなことを兵士の前で言っていいのか」
女が笑みを作った。
「だって、兵隊さんたち、カイラルーシ軍じゃないでしょ」
「……」
どうしてわかったのか。
カイラルーシ軍を装っているわけではないが、一般市民にもたやすく見分けがつくのだろうか。
この街で見かける兵も、特殊な装甲や武器を保持しているわけでなく、統一された記章などをつけているわけでもないのに。
見分けはつくまい、目立つわけでもない、との判断で装甲を身につけたまま街を歩いていた。
「ねえ、飛空艇が見つかったら、私も同乗させてくれませんか?」
「断る」
比較的賑やかな通りに入ったところで、スジーウォンとスミソは、女を解放した。
女はがっかりした表情を見せたが、たちまち人波に消えた。
「やれやれ。なんだ? あの女は」
「大都会の女だ。厚かましいんだよ」
「ふう。ここが大都会ねえ。それにしても、この街はどうする気なんだ?」
「ん?」
「パリサイドと戦う気なのか?」
「さあな。関係ないさ」
スジーウォンはニューキーツ東部方面攻撃隊、いわゆるンドペキ隊の伍長。
パキトポークと一二を争う武闘派幹部。
スミソは一般兵。
隊の中での地位は異なるが、言葉遣いに制約はない。
誰しもいずれ歳を取り、死ねば再生される。
再生時の年齢が若ければ駆け出しの兵士から再スタートだ。
今この時点での、歳の差や上下関係は意味がない。
あくまで、役割としての肩書きなのである。
それが東部方面攻撃隊の不文律であった。
「サブリナといったな、あいつ。なぜ、俺たちが飛空艇を探しているのがわかったんだ?」
「空港ででも聞いてたんだろ」
カイラルーシの空港は、さすがに世界一の都市だけのことはあって、それなりに混雑していた。
ニューキーツからこの街までは、定期運行の飛空艇でやってきたものの、着いたとたんに制空管制である。
しかたなく、乗り継ぎ便の有無を空港係員に聞いて回ったのだ。
「それにしても」
こんなことになろうとは。
ふたりとも、カイラルーシの街は初めてで、勝手がわからない。
「それより、今の課題は今晩どうするかだな」
制空管制で、政府運営の定期便は使えない。
すでに夜九時を回っている。
「今晩中に出立は無理だな。泊まるしかないか」
明日になれば、闇商売の飛空艇さえ飛べなくなるかもしれないが。
「念のためにホテルを探そう」
ふたりは闇雲に通りを歩いていった。
「どれがホテル?」
看板やサインといったものが極端に少ない。
装甲を身につけているので、寒くはない。食料もたんまり持っている。
「しかし、まさか野宿ってのも、まずいだろ」
「旅人に優しくない街だな」
「人通りがあるうちに探さないと」
「ああ。それにしてもここの人はどうしてこうも、空ばかり見てるんだ?」
「知るか。満月だからだろ」
「あるいはパリサイドの来襲を気にしているのかも」
んっ。
目の前に、さっき追い越していった少年が立っていた。
微笑んでいる。
「あっ、おい」
目が合うなり、少年は親指を立てて見せ、クルリと背を向けた。
しっ。
黙ってついて来い。
「おっ」
とあるシリンダーに、少年の姿が消えた。
ここか。
「なるほど」
何の看板もないが、扉が開いている。
閉じていれば壁と同化して見つけられなかっただろう。
「信じて入るしかないか」
中には黄色い光が満ちていた。
スジーウォンが先に踏み込み、スミソが続く。
誰もいない。
と、後ろで扉が閉まる音がした。
「兵隊さんたち、なんだか無防備だね」
むっ。
いつの間に。
少年が真後ろに立っていた。
十歳そこそこ。
短く刈り上げた髪に切れ長の目。
色白だがしっかりした顔つきをしている。
足元まで隠れるだぼだぼのコートを羽織っている。
返答に窮していると、少年は胸元を広げて見せた。
バトルスーツを身に付け、小型の銃器が覗いていた。
「どういうつもりだ?」
「助けてあげようか?」
と子供らしい笑顔を見せた。