299 なんだか、ややこしそうな話
「タールツーの軍。存在しなかった。そんなことはないでしょうか。実際は」
ヌヌロッチは、ンドペキにとって、ほとんど関心の失せた話題を口にした。
「ああ」
「治安省の長官に任命されてから、その動向を探ることに全力を挙げました」
「そうしてくれてたな」
「ところが、どうしてもその全貌が掴めなかった。おかしいと思いませんか」
おかしなことではない、と思う。
新任の長官が、直ちに実質的な権限を握れるはずもないではないか。
しかも、治安省という秘密を扱う部署。
全職員が、はい、今日から新しい長官に忠誠を誓います、とはならないはずだ。
「結局、タールツーは自分の郎党を引き連れて暫定長官を名乗った。治安省にその残党はいなかったと思うのです」
「そういうことになるかな」
「しかし、タールツーは戻ってきたキャリーに粛清され、部隊は解体された……」
「……」
キャリー。
前長官。
名を聞いたことはあるが、会ったことはない。
「戻ってきた……」
「ええ、そうとしか考えられません」
彼女の死後、レイチェルが長官職に就いたのではなかったのか。
「なんだか、ややこしそうな話だな」
「いいえ。単純な話だと思うのです」
「そうか?」
十分、ややこしいのでは?
「キャリー長官は死んではいなかった、のでは?」
と、ヌヌロッチは言う。
「じゃ、そういうことにしておこう。で、どうなる?」
「一般的に、アンドロの兵は、次元移行の際、緩衝地帯で武装し、戻ってくる時もそこで武装を解きます。ここでの武装は禁じられていますので。あ、アンドロの場合は、です」
「ふむ」
「緩衝地帯も調べました。しかし、あの真っ白な装甲、見つからなかったのです」
「ということは?」
「あの白装束は、かつてのキャリー騎士団のものです」
「うーむ」
純白の装甲を身につけたアンドロ兵と、まちまちな装備のアンドロ兵。
「エリアREFにちょっかいを出してきた兵、それに、我々が以前、荒地軍と呼んでいた兵。白装束じゃなかったぞ。あれは?」
ヌヌロッチが、ちょっと意外だという顔をした。
そう。
もう関心はない。
荒地軍。
そう呼んでいたことが懐かしくさえ感じられた。
ヌヌロッチは、フッと溜息をつくと、驚くべきことを言い出した。
「しかし、根本的な疑問が……」
「ん?」
「むしろ、そもそも、タールツー。そんな人物、いなかったのでは……」
「んんっ?」
「いえ、なんとなく、です」
「んんん?」
ンドペキの関心が薄れていることを察してか、ヌヌロッチは現実的な話題に移っていく。
今後の市民生活について。
そして、もっと先の事も。
「ルールさえ守っていただければ、自由にしてもらっていいのです」
ヌヌロッチは何度もその言葉を繰り返す。
ルールとは。
街外れから先、つまり立ち入り禁止エリアに近づかないこと。
その先は生産地域、かつエネルギー密度が極めて高いエリア。
ンドペキは、まだ構想でさえないがと断って、考えていることを話した。
マトやメルキトとアンドロが共に暮らしていくためのアイデア。
しかし、それを口にしながら、しっくりこないものが心に沈んでいることを感じていた。
先ほど、あの池を覗きこんだときに、そのしっくりこないものの正体に気づいていた。




