28 飛空艇乗り
飛空艇乗りの店はすぐ近くだった。
というより、三人は、その周りを歩き回っていたのだった。
看板も上がっていない陰気なドアを開けるなり、アビタットが大声で言った。
「さあ、今度こそ、了解をもらうよ。ほら!」
大人を二人も連れてきた!というわけだ。
飛空艇乗りはいかにもそれらしい人物で、盛大に髭を蓄えたいかつい造りの男だった。
入ってきた兵士を眼光鋭く睨み付つけたが、すぐに目を落とし、己の作業に戻っていく。
飴色の光を湛えた狭い部屋に、埃が舞っていた。
「帰んな!」
男はそう言ったきり、手元の年代もののタブレットから立ち昇る映像を弄んでいる。
「そりゃないぜ、おやっさん!」
アビタットが食って掛かる。
飛空艇乗りは、映像をいじくる手を休めようとしない。
新型の艇だろうか。
男の指が触れるたび、全体像になったり、一瞬のうちに微細な部品になったりする。
複雑なレイヤーを一枚ずつ確認していき、立ち昇る飛空艇の像はそのたびに姿を変えていく。
「出ていけ! 邪魔をするな!」
男がタブレットに何かを打ち込み、がなりたてた。
声は、通りにも響きそうだ。
「どうしてさ! 大人を連れてきたじゃないか!」
飛空艇乗りは、カーキ色の古びたツナギから、紙巻タバコを取り出した。もうめったにお目にかかれない代物である。
ふと、油の臭いがした。
どことなく懐かしい臭いだった。
「気にくわねえ」
目を向けるでもなく、手を休める様子もない。
「だからなぜ! 誰か大人がいればって約束だったじゃないか!」
「約束? 勝手に吼えてろ!」
「くそう!」
男は、かなりな高齢に見えた。
薄暗い部屋の中でもはっきり分かるほど、顔は皺だらけで、頭も髭も白かった。
筋肉質かと見えた身体も、それは骨格だけで、よく見れば骨と皮。
指には美しい指輪が盛大にはめられているが、それらが痛々しいほど、どの指も痩せていた。
「それがカイラルーシきっての飛空艇乗りの仁義か!」
食い下がるアビタット。
スジーウォンも頼んでみる。
「お願いです。私たちをロア・サントノーレに連れて行ってください」
老人は、顔を上げようともしない。
と、扉が開いた。
予想通り、あの女、サブリナ。
飛空艇乗りは、目に見えてますます嫌な顔をみせた。
「お揃いのようね」
老人は応じない。完全無視の態勢だ。
アビタットが入ってきた女を睨みつけたが、サブリナは意に介せず、
「四人も乗客が集まったんだから、飛んでくれません?」と、穏やかに言った。
沈黙が流れた。
電力供給が安定しないのか、時折、照明が暗くなり、タブレットの像もぼやける。
目を上げようとしない男を見つめながら、スジーウォンは、なんとしてでも飛んでもらわねば、と思った。
そして、陸路も考えなければならないかも、と考えた。
アビタットが老人の白髪を睨みつけている。
サブリアは壁にもたれて、男の声を待っている。
「いい加減にしろ! 飛ぶかどうか、俺が決める!」
飛空艇乗りががなりたてた。