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26 私は頭が弱いけど

 ヘルシードのひとつ目のお姉さんに、いつから歌を習いに行こうか。

 でも、まだ早い。無理無理。


 レイチェル騎士団との合流もできていなければ、街を奪還する手立ても見えていない。

 小規模な戦闘が続くばかりで、緊張も徐々に緩んできているように思う。

 やばいかも。もっとしっかりしなくちゃ。


 数日が経った。

 セオジュンのことは全く進展なし。


 ニニと会う約束があった。

 二人きりで。

 どんなふうに切り出せばいいだろう。


 以前のチョットマなら、そんなことを前もって考えておくことはなかった。

 その場の雰囲気で、あるいは自分の気分で話を進めようとしただろう。

 少しは私も成長したのかな、とチョットマはひとり微笑んだ。




「私、チョットマ。覚えてるよね」

 こんな言葉で、ニニと話を始めた。


「私のこと、知ってる? 私さ」


 レイチェルのクローンであることを告げた。

 自分に重みを付けようとしたわけではない。

 レイチェルから託された使命も話した。

 アンジェリナと同じような立場なんだ、と伝えるために。


 アンジェリナがレイチェルから期待されていた任務。

 ニニはそれを知っていたのだろうか。

 まず、そこから聞いてみたいと思った。



「ふうん、そう……」

 ニニはそう言ったきり、口をつぐんだ。

 笑えば、きっと誰もが惹き付けられる口元。素直な目鼻立ち。

 華奢な身体からは若さがほとばしり、柔らかい、美しい声をしていた。

 ただ今日もニニは、どことなくそわそわして、瞳を合わそうとしない。


 ニニの部屋はエリアREFの比較的浅い階にあった。

 思っていたより広く清潔で、近代的とさえ言えた。

 REFでは珍しく綺麗な長方形で、壁も天井もきちんと塗装され、床は板張りで、調度品も整っていた。

 チョットマとニニはダイニングテーブルを挟んで、向き合って座っている。

 凝った装飾のあるランプが二人を照らしていた。



 ニニが奥のベッドルームに眼をやった。

 淡いラベンダー色のカーテンで軽く仕切られているが、ベッドが二つ並べられてあるのが見える。

 ニニとアンジェリナのものだろう。


 チョットマはさりげなく部屋を見渡して、

「素敵ね。ここ」と言った。

 本心である。

「私、こんな素敵な部屋に住んだことない」

 どこからか、ふわりといい香りが漂ってくる。

「女の子の部屋は、こうじゃなくちゃね」

 ニニは無表情のまま、また、奥のベッドをちらりと見た。

「私は兵士でしょ。だからというわけじゃないけど、こういうふうに部屋を飾るなんてこと、今まで考えたこともなかった」



 そろそろ本題に入らなくては。

 ニニは、迷惑がっているふうでもないが、チョットマを無視するかのように、物思いに耽っているようにみえる。


「私、セオジュンとアンジェリナが今どこにいるのか、どうしているのか、知りたいと思って」

 チョットマは単刀直入に聞くことにした。

 とはいえ、自分のスタイルとして、回りくどい話し方はできない。

「あなたなら、知ってると思うのよ」


 ニニがようやく目を合わせた。

 ただ、それは一瞬のことで、再び目をそむけてしまう。

 困惑しているようでもなく、拒否しているようでもない。

 孤独な殻に閉じ篭っているような。

 そんな目をしていた。



 最後にアンジェリナと一緒にいたのはいつ?

 どんな様子だった?

 そんなことを質問すればいいのだろうか。

 あるいは、セオジュンに照準を絞って話せばいいのだろうか。


 以前、ライラに初めて会ったとき、叱られたことを思い出した。

 自分には、相手を重んじる気持ちも思いやりもなかった、と思い知らされ、泣いたあのとき。

 しかし今、悄然としているニニを前にして、何を話せばいいのか、チョットマには分からなかった。



「ニニ……、力になりたいのよ……」

 パパなら、こういうとき、どう言うんだろ。

「もし、あなたが知らないなら、私のパパが探してくれると思うんだ。優秀な探偵も友達みたいだし」


 チョットマはニニが何かを隠している、とは思っていなかった。

 話すことができないのかも、となんとなく思っていた。

「私は頭が弱いけど、パパは」

 と、ニニは目を伏せたままだが、ようやくかすかな微笑を見せた。


「ねえ、卒業式の日……」

 何かあったのだろう。

 チョットマは自問するように言った。


 初めてニニがまともに顔を上げ、口を開いた。

 目元が潤んでいるようだった。

「あの日……。ううん、その前に私たちのことを話すわね」


 ニニの声が、今までとは違う。

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