257 ねえ! 聴いて聴いて!
「パパ! ねえ! 聴いて聴いて!」
イコマの部屋にチョットマが駆け込んできた。
そう言うなり、歌いだした。
Ah
この手のぬくもりはすぐに消えていく
後姿は見ていたくない
Ah
ただ、呟くだけさ
やれやれ、って
そして、ごめん、って
「これって、失恋の歌!」
「いいじゃないか!」
「一つ目のお姉さんが教えてくれた!」
「ねえ……、パパ」
「なに?」
「……パパって呼んでも、いいかな。これからも」
「当たり前じゃないか! 前にもそう言ったよ」
「だって……」
「ははあ、さては僕とンドペキのことを気にしてるんだな」
「そりゃあ……」
「もう同期してないし、第一、僕は君を娘だと思ってる。家族だって」
イコマはまだ、ユウのように、元の容姿を纏うことに慣れていない。
パリサイドの姿のままだ。
表情を作ることもできない。
チョットマはその黒い体に飛びついてきた。
「よかった!」
宇宙船は地球を離れつつある。
生存者の捜索、ないし搭乗を拒む人々の説得を続ける十隻を残して。
船団は五十七隻。
いずれは木星付近に待機する巨大な母船に合流するという。
このあけぼの丸以外の宇宙船は、パリサイド以外はほんのわずかしか乗船していない。
分乗すればもっとゆったり暮らせるのだが、ニューキーツ市民はあけぼの丸から、正しく言えば、レイチェルから離れたくないというのだった。
少なくとも、地球が見えている間は。
行き先は告げられていない。
太陽系にとどまるのか、パリサイドの星域に向かうのか。
不安な面はあるが、まずは太陽フレアの脅威から逃れたことの安心感の方が今は大きい。
ハワードとセオジュンについて、マリーリから聞かされたことがある。
彼らの名誉に関わることだからと。
アンドロとして、レイチェルのSPとして。
チョットマを見守らねばならない。
しかしレイチェルを助けるためには、チョットマの元を離れなければならない。
この気持ちの狭間で、ハワードがどれほど葛藤し、そして決断したか。
ハワードが時間を遡り、セオジュンとしてレイチェルを救出することを決断したとき、彼には決めていたことがある。
セオジュンはハワードに、自分がハワードだと名乗り出ないことを。
死んだ人間を生き返らせる。
いや、生きていたことにする。
それはとりもなおさず、歴史を変えてしまうこと。
街の長官であろうが、一般市民であろうが。
前代未聞のことなのだ。
何が起きるかわからない。
自分が死ぬだけなら、構わない。
歴史が捻じ曲げられる。
時空が歪み、もしかするとこの次元そのものが崩壊してしまうかもしれない。
そんなことになっては、元も子もない。
その恐れをできるだけ排除するため、ハワードはあの日よりかなり以前に、セオジュンとしてエリアREFに現れた。
そして、セオジュンはひとりで、ことを成し遂げるつもりだった。
ライラと親しくなり、普段は行けない水系に足を運んだ。
そして、ある部屋を手に入れた。
物資を運び込み、ベッドを整えた。
ニューキーツの街にいるハワードには一言も告げずに。
小部屋で準備を整え、パリサイドにレイチェル救出を依頼し、水から上がってくるのを待った。




