25 手探りのチョットマ
「彼女、きっと、何か知っていると思う」
チョットマの口からポンポンと言葉が飛び出してくる。
「ハワードにも聞いてみた」
「へえ」
以前、チョットマはハワードを嫌なやつ、と決め付けていた。
それはそうだろう。
実際は見守られていたのだが、監視されているのも同然だったのだから。
チョットマも、折り合いをつけられるようになったのだ。
大人になったね、と言いそうになったが、これは嫌味というもの。
「でね。ハワードは。あ、これ内緒だけど」
彼がチョットマに話したことは、イコマにとって、小さな驚きだった。
アンジェリナは、メルキトということになっている。
SPではあるが、むしろレイチェル付きの若き特殊任務要員らしい。
街の情報をレイチェルに伝える係としてエリアREFに住んでいるが、もうひとつ、REFの兵にレイチェルの意向を伝える任務も与えられていたという。
「ううむ」
REFの、まるで敗残兵のようなあの者たちとアンジェリナの組み合わせには疑問符が付くが、チョットマは気にするふうもない。
「ニニはね、そのアンジェリナの友達役。レイチェルが決めて、派遣されてきたんだって」
「友達の役……」
「うん。遊び相手? 相談相手? っていうのかな」
ニニはアンドロ。
メルキトの友達役として派遣とは。
使用人というような位置付けだったのだろうか。
「でもさあ。ニニって、普通のアンドロより、かなり気持ちが……」
いい言葉が浮かばなかったのだろう。
言い淀んでいるが、チョットマが言いたいことの意味は分かる。
人造人間としてのアンドロではなく、人としての豊かな感情を持ったアンドロなのだ。きっと。
アンジェリナの友達役としてレイチェルが選んだとすれば、当然のことかもしれなかった。
「彼女、セオジュンが好きだったとしたら……」
「うーむ」
その場合はどうなるのだろう。
セオジュンとアンジェリナが恋に落ち、ニニは……。
ニニが二人を、とでもいうのだろうか。
感情を持つアンドロであっても、その起伏は激しい。
ハワードの例からも、それはよくわかる。
人も心を暴発させることはあっても、それは究極の段階であって、普段は抑制されている。
しかし、アンドロの基準、あるいは臨界点は違う。
それほど感情が高まるのか、と思ったすぐ後には収まったりするのだ。
「チョットマ。ニニという子、疑ってるとか?」
イコマは思わず聞いた。
「えっ。ううん」
チョットマが驚いたように目を見開いた。
「パパ、そうじゃなくて……」
チョットマも手探りなのだ。
「彼女、なんとなく変、なんだ……」
どこがどう変なのか、チョットマにも分からないらしい。
アンドロなんだから、という言葉。これもまたイコマは飲み込んだ。
感情の起伏。
心の抑制と解放の手順。
ハワードにはハワード流の、ニニにはニニ流の表現があるのだろう、と思うしかなかった。
少し疲れたのか、チョットマが声を落とした。
「ねえ、パパ」
「うん?」
「スジーウォンとスミソ、どうしてるだろ」
これについても、詳しく話すことはできない。
チョットマにはもちろん、隊員達には彼らの任務の中身を伝えていない。
スジーウォンとスミソがなぜカイラルーシに、向かったのか。
ハクシュウ隊、今、ンドペキ隊にとって、公式な作戦の詳しい中身を伝えないのは、これまでなかったこと。
それほどの任務がなかったということもあるが、イコマは、ンドペキは、伝えることができなかった。
ハクシュウがいるらしいとの情報がある、とだけ伝えていた。
話せば、緑色の髪をした女、つまりチョットマの役割を話さざるを得なくなる。
その役はチョットマに決定されたわけではないが、状況はそのように向いている。
チョットマはそれをどう感じるだろう。
レイチェルのクローンとして街に放たれ、親友のサリはレイチェルを刺した。
淡い恋心を抱いていたンドペキにはスゥという恋人ができ、気に入った男の子は失踪してしまった。
そんなチョットマに、たいそうな装置を動かす役目も背負わされ、地球を救うという大げさな役目が回ってくる、というのは。
「無事に任務、こなしてるのかな……」
「そりゃ、そうだろう」
イコマも、その任務を知らされていないことになっている。
わが娘、チョットマに対して隠し事をしている、という後ろめたさは、心の中に押し込めておくしかなかった。
「スジーウォンってさ。前はなんとなく怖い人って思ってたけど……」
そういいながらチョットマは、いつも胸に下げている、ハクシュウからもらった手裏剣をいじり始めた。
「早く帰ってきて欲しいな」