248 成りすまし
タールツーの解体処理は秘密裡に行われる。
アンドロにその処分理由を知らせないため。
私は死んだことにすれば、タールツーにすり替わることができる……。
そうすれば、その女の子、実は私自身なんだけど、をホメムとして長官に据えることは容易い。
他のホメム達も、疑いを持つことはないだろう。
最初からキャリーの娘だということにしてあれば。
たとえ疑いを持ったとしても、ことを荒立てる人はいないはず。
ホメムは滅亡へまっしぐらの状態だから。
タールツーに関しては、心を入れ変えたと始末書でも出し、それを長官として保証すれば……。
時間の余裕はない。
タールツーの解体処理はすぐ。
私は決断しました。
タールツーの解体と同時に、タールツー名の始末書を書き、そこに署名しました。
そしてその直後、私、つまりキャリーは死に、治安省長官タールツーの顔をすることにしました。
「それでね、その後すぐ、レイチェルが長官に就任したのよ」
レイチェルがすっと顔をあげた。
キャリーではなく、毅然としたレイチェルの顔。
ンドペキは胸の中で、「レイチェル」と励ましの声を掛けた。
「不謹慎よね」
当時、太陽フレアの不穏な動きは目立ったものになっていました。
いよいよだっていう。
世界がこんなになることを頭では分かっていたけど、私、自分の使命を果たすことしか考えていなかった。
「使命って言ったけど、そのときはそう思っていた。今はもう、それが独りよがりだったって、わかる……」
レイチェルがまた顔を伏せた。
フェアリーカラーの長い髪が小さく震えている。
「そうやって、私はタールツーに成りすまし、治安省で執務を始めたんです」
私は、表向きはタールツー。誰にも知られず、入れ替わった。
それは上手くいった。
タールツーの信奉者。
彼らは悪党でも何でもない。
人に奉仕するという出生を否定するのではなく、人として、当たり前にある深い感情を持ちたいと願っている善良な人々。
「でも、私は自分勝手でした」
元々、タールツーの要求は真っ当なことだと思っていましたが、今は時期が悪い。
世界中のホメムがそれを許さない。
そして……。
それが今一度問題化すれば、私の計画に支障が生じるかもしれない。
タールツーの思想が拡大することを、押し留めておきたかった。
ところが、思っていた以上にタールツーの信奉者は多かった。
省全体に、さらに言うと、アンドロの社会にタールツーの思想は浸透していたんです。
放置するには、すでに彼らの組織は大きくなりすぎていました。
組織、というより信奉者の群れ、というべきでしょう。
ゲリラ的な軍事行動を受け持つ部隊まで存在していたのです。
私は、私の計画のために、罪もない彼らを粛正する決断をしました。
しかし、私自身がタールツーを演じることが、足枷でもありました。
彼らをあぶりだそうにも、情報も入ってこない、そんな状態が続きました。
なかなか粛清は進まない。
実際はタールツーの意図を離れて、信奉者達は自分の意志で活動を始めていたんです。
彼らにとってのタールツー、つまり私の言動が彼らの失望を招いたのでしょう。
焦りました。
早く手を打たねば。
でも、私の元の部下を大挙して治安省に移し、不測の事態に備えさせるわけにもいきません。
そんなことをすれば、彼らは警戒して、ますますアンダーグラウンドに潜ってしまう。
あるいはベータディメンジョンに本拠を移されてしまえば、もうお手上げ。
私は、いざという時のために、治安省付きの隊を構築しようとはしていました。
レイチェルはすでに長官でしたけど、まだ職員はじめ親衛隊も騎士団も掌握しきれている状態ではありませんでした。
将来は、合流させるつもりで。
さまざまなところに情報提供者を配置し、人選を開始していました。
そう。ヘルシードのマスターにも依頼して。
一方で、レイチェルは恋人探しをスタートさせている。
私は、陰で長官レイチェルの代役もしながら、多忙を極めていました。
もちろん、顔を見せるような会議には一切出席せずに。
でもやはり、抜かりがあったのです。




