213 アンドロ達の街イダーデ
ンドペキは目を疑った。
ここがアンドロ達の街イダーデ!
「綺麗なところ!」
スゥが感嘆の声を上げた。
先に街に入った市民の顔も、幾分綻んでいる。
「凄いじゃない!」
「この次元で生産される鉱物です」
応えたヌヌロッチの顔が誇らしげだ。
クリスタルが輝いている。
「時間の流れを把握し、自ら発光します。そろそろ夕方ですから、光が落ち着いて来ますよ」
「ほう!」
ニューキーツでは、ヌヌロッチは治安省長官。
ンドペキは防衛省管轄下の一攻撃隊の隊長。
しかも、ハクシュウ亡き後、正式に任命されてもいない。
立場の違いは大きい。
しかし、ここアンドロの街へ来ても、ヌヌロッチは几帳面な口調を崩そうとしない。
「この鉱物は生きています。増殖するんです」
「へえ!」
「徐々にですが。自分で考えて、部屋を増やしていきます。長方体の空間を自ら造っていくのです。イダーデの街はそうして自動的に造られてきたのです」
街の端に行けば、建設途中の建物があるという。
ヌヌロッチは建物を形作る鉱物の話をしてくれたが、ンドペキがもっと驚いたのは、街路の方だった。
プラタナス!
立派な街路樹が並んでいたのだ。
生きている木!
しかも、その足元には美しい花が咲き乱れている!
この次元にも、土があるのか!
植物が育つ環境が!
土の中には微生物がいて、適度な水分があり、日光が降り注ぎ!
そんな環境が!
ここなら、人は生きていける!
そんな感慨があった。
「鉱物の働きは単調ですが、私達にはこれで十分です」
建物の中に入って、ヌヌロッチの言葉の意味が分かった。
外壁のきらびやかさに対して、中は全くのがらんどうだった。
窓もなければ、扉さえない。
きらきら光る鉱物で囲まれた空間があるだけ。
百平方メートルほどの長方形の部屋。
どこも似たような空間が、間延びした開口部を挟んで繋がっていくだけ。
「私達には、プライベートという概念はありません」
「うーむ」
「ついでに言うと、個人のスペースという概念もありません。スペースであれ、お金であれ、いかなるものも自分のものにするという概念がないのです」
人間が作ったロボットだから。
「給金はいただきますが、お金はワークディメンジョンだけでしか使えませんしね」
アンドロ次元では、「お金」は必要ないし、従って税金もない。
税金というものがなければ、公務員という職種もない。
「誰もが自分の仕事をする。それだけです」
「そういうものなのか……」
初めて聞く話だった。
ハワードの話にもなかったことだ。
「ここには、上下の関係、つまり序列というものがありません。だれもが等しく、淡々と自分の仕事をしています」
「代表者は?」
「いません。必要がないからです。誰もが自分の仕事に精一杯取り組む。それで十分ではないでしょうか」
ヌヌロッチは、自分の仕事、というフレーズを重ねて使った。
こんな社会は、人類の歴史の中になかったことではないだろうか。
「じゃ、ヌヌロッチ、君は代表者ではないのか」
「違います。たまたま、私がンドペキ達と顔見知りで、避難してきた市民を東部方面攻撃隊が取りまとめようとしていた。だから私がエスコート役をすることにした。ただ、それだけのことです」
「そういうことなのか。恩に着るよ」
「ま、そういう指示らしきものもありましたしね」
ヌヌロッチはニコリと笑うと、では、こちらへ、と案内してくれる。
「作戦室にいかがでしょう」
ひときわ広い部屋。
「ありがとう。でも、もうそんな部屋、必要あるかな」
「まあ、この広い部屋、それなりに使い道はあるでしょう。扉が必要ならつけてください」




