211 スパイ風情が! 偉そうに!
溶岩はすぐさま変化を始めた。
「パリサイド二人、見かけなかったかい」
ライラが畳み掛ける。
たちまち人の姿になっていくアンドロに、
「急いでいるんだよ」と、噛み付かんばかりだ。
「口だけでもきけないのかい!」
ホトキンが袖を引くが、ライラの口は収まらない。
「くーぅ、イライラする!」
「ライラ。ちょっと待って。口ができないと喋れないじゃない」
「そんなもんかい」と、今度はニニを睨みつける。
溶岩はやがて立派な体躯を持つ男の姿になった。
ギラギラした目に、いかつい顔つき。
色の抜けた灰色の髪はぼうぼうで、襤褸を纏った姿は放浪者のようだ。
男がようやく口を開いた。
「ばあさん! 相変わらずだな! ライラらしいぜ!」
男が豪快に歯を見せて笑った。
「ん? 俺を覚えていないのか!」
大男に負けじと小さな老婆が背筋を伸ばす。
「知らないね! それより!」
ガハハハ!
「そう急ぐな。ちゃんと教えてやるから! それより! 俺を思い出せ!」
「知らないね! 何度言わすんだい!」
「けっ! 残念だ! ヘルシードと言えば、思い出すか!」
「は? ん!」
見る間にライラの顔に驚きが広がっていった。
「あんた! ヘルシードのマスター!」
「そうともさ!」
「アンドロだったのかい!」
ガハハハハ!
「名はたしか」
「名はどうだっていいさ!」
「イエロータド!」
「いやあ、ライラ! 久しぶりだな!」
バー・ヘルシードのマスターが、チョットマに向き合った。
「お嬢ちゃん。んっと、そう! チョットマだな!」
ヘルシード。
エリアREFのバー。
チョットマがライラと初めて会ったのが、この店のカウンターだった。
そして今は、ホステスの一つ目のお姉さんに、歌を習っている。
「どうだい! ちいとは酒でも飲んでみたら! いつも、ソーダー水とイチジクじゃ、つまんないだろ!」
と、言っておいてマスターは、
「ライラ! 俺の話を聞いてくれ!」と、がなりたてた。
ハイ……、と応えるチョットマの声など、もう聞いてはいない。
ライラが応酬する。
「あたしの話が先!」
「うんにゃ。ここはアンドロ次元。あんたにゃ、マナーってもんがないのかい!」
ライラの唸り声をものともせず、大声で笑う。
ガハハハハ!
ライラが折れた。
ふうっ、と大きな溜息をついて。
「分かったよ。聞かせてもらおうかい。その前に、あんた、ここで何してるんだい」
「ふふん」
「バーのマスターって面じゃないと思ってたけど、あんた、本当は何者だい」
よく聞いてくれたといわんばかりに、マスターが両手を打った。
「バーは仕掛けさ!」
情報を集めるための。
「本来は秘密だが、もうこうなってしまっては、秘密もくそもあったもんじゃない!」
「で!」
「俺に指示飛ばしてたやつもいなくなったことだしな!」
あのバーには特殊な人間が集まる。
「軍の将軍や、サキュバスの庭の女帝なんてやつもな」
「ふん!」
「そいつらが話す内容を通報していたのさ!」
「なんだって!」
マスターがにやりと笑った。
「価値のある情報を、それが必要な人間に流す。それが仕事だ!」
「そうかい。ただのスパイ風情が! 偉そうに言うんじゃないよ!」
ガハハハハ!
歴代の治安省長官から指示を受けて、巷の情勢、特に政府の幹部連中の動向を探っていたという。
「俺の上司、最後はタールツーってやつだ」
「けっ!」
「いつもなら単に情報として上げていただけなんだが、最近になって、ちょっと細かい指示が来た」
「どんな」
「レイチェルを信奉している者を選別しろってんだ」
選別の基準は、忠誠度、そしていざという時に役にたつか。
「役にたつというのが曖昧でな。俺はそれを、こう考えた。奇妙な忠誠心のおかげで、結局はレイチェルに危機を及ぼす恐れのあるやつ」
「ほう! アンドロのスパイにしちゃ、上出来だな!」
ライラは我慢強く聞いているが、チョットマはイラついてきた。
いったい、この男は何をとうとうと。
単なる自慢話や昔話なら、聞いている暇はない。
タールツーの指示というなら、レイチェルの身近な人間の中の誰に裏切らせるか、というようなことなのだろう。
この男の通報が功を奏したのかどうか知らないが、もう、レイチェルはいない。
チョットマはハッとした。
えっ。
まさか。
サリ!
まさかサリは、この男の報告によって、再生時の思考が捻じ曲げられたというのか!
このやろう!
手元に武器さえあれば!




