205 口数、少なく
会談の場所は、あのサキュバスの庭。
ライラの部屋の向かいに、普段は使われない広い空間があるという。
アヤは急いだ。
聞き耳頭巾を取りに戻り、そして、サキュバスの庭へ。
避難所には、いくつもの出入り口があった。
サキュバスの庭に、ごみ焼却場の下に、そして市長が門番をしていた付近から。
いつもはバーチャルな仕掛けによって閉じられているが、主要電源が落ちた今、すべて開放されているという。
「レイチェルは生きていたんだね」
「うん」
「本物だと思う?」
「うーん」
レイチェルは禁を破って、チョットマ、サリという二人のクローンを作っていた。
それ以上には作っていなかったという保証はない。
「本物かどうか、会えばわかるかな」
見極める方法はあるだろうか。
チョットマとサリは、どこかレイチェルに似ている、という程度の近似性だった。
瓜二つ、だとすればどうすればいいのだろう。
「本物かどうかなんて、もうどうでもいいことかな」
レイチェルはサリに刺され、そのまま地下水系に姿を消した。
水の流れは速く、しかも地中を流れていく。
水面に顔を出せる場所は限定的。
命を落としたとみるのが普通だ。
「騎士団のスコープ。信用してた?」
あれはレイチェルの存在を指し示していた。
「そういや、騎士団、来るんだろうな」
騎士団は壊滅したが、生き残りはいる。
「だれか、知らせたのかな」
そもそも、今回の会談の立役者は誰だろう。
市長か?
避難所にはこんな噂も飛び交っていた。
「殺されたみたいだけど」
もしブロンバーグが殺されたのなら、どんな理由で?
避難所の指揮権を奪うため?
そんな酔狂な者がいるだろうか。
「どうでもいいことだけど」
避難している市民の間でも、そんな気分がある。
ブロンバーグの死を悼むほど、気持ちに余裕のある者は少なかった。
アヤはフライングアイを肩に乗せ、ごみ焼却場の下辺りに差し掛かっていた。
イコマの口数は少ない。
アヤが話しかけ、イコマが短く応える、そんな応酬が続いている。
「ねえ、おじさん」
「うん?」
「パリサイドの代表者って、ユウお姉さんだと思う?」
「だといいね」
とは言いながら、そうでない方が家族としてはいいことかもしれなかった。
ユウの負担が大きければ大きいほど、自由な行動は制約される。
相談したいことはたくさんあるのに。
イコマが無口なのは、いろんな心配事を抱えているからだろう。
そう思おうとした。
それほど、イコマの口数は少なかった。
「きっとパリサイドは、提案するんだと思う。ここにいても未来はないから、自分達の船に来いって」
誘いに乗って、すでに船に避難した市民も相当数いると聞く。
パリサイドの体を得たアギが率先して移動していった。
「パリサイドの体はなくても、包んでもらって、水中を移動することができるみたい」
腕の翼に巻かれると、いわば生体カプセルのようになるらしい。
水は通さないし、有害な光線からも、あるいは高温からも遮断され、しかも普通に呼吸はできる。
「噂だけどね」
イコマから返事がない。
「おじさん」
心配になってきた。
もしや……。
イコマの思考体はユウお姉さんの計らいによって、他のアギとは違うシステムで動かされている。
二十四時間稼働で、エネルギー供給も太陽フレアによるリスクを受けず安定しているはず。
「おじさん」
ただ、パリサイドのシステムとはいえ、既存のシステムに依存している部分もある。
その部分に障害が出たとすれば。
「おじさん! お父さん! 返事して!」
ん!
肩に止まっているフライングアイの足が離れたように感じた。
「あっ!」
うわああっ!
フライングアイが床に落ちた。
「おじさん! お父さん!」
あわててフライングアイを拾い上げたものの、様子がおかしい。
えっ!
フライングアイは稼働していなかった。
話そうとはしなかったし、羽を動かそうともしなかった。
「お父さん! お父さん!」
もうコンフェッションボックスは使えない。
どうすれば……。
まっ……。
まさか……。
システムごとダウンしたのなら……。
アヤは震えだした。




