203 なんだか、思い出してしまって……
「ここだ!」
歓声があった。
「避難通路じゃないか! ここから地下へ行けるぞ!」
人波がどっと動いた。
政府建物には多くの避難通路が用意されている。そのことを思い出した。
辺りの市民も、ほっとしたことだろう。
もうひとつの避難先が目と鼻の先にあることがわかったわけだ。
「おじさん」
「ああ」
イコマは短く応えただけで、行こうとも、行くなとも言わなかった。
アヤは迷った。
地下へ避難するべきか。
スジーウォンの元へ戻るべきか。
あるいは、ここでンドペキやスゥが戻ってくるのを待つべきか。
迷いは一瞬。
アヤは決めた。
「まずは地下へ」
「ああ」
「聞き耳頭巾を」
「あっ、そうか」
あれを手にしてから考えても、遅くはないだろう。
久しぶりに被ってみるのもいいかもしれない。
私の宝物。
もう絶対に手放さないと決めたもの。
奈津おばあさんの形見の品。
「ううっ」
「どうした?」
「なんだか、泣けてきた」
「まあな、いろいろあったから」
「うん。いろいろ……」
そう。
いろいろなことがあった。
始まりは、あの頭巾を引き継いだ京都の山奥の村での出来事……。
あの殺人事件から六百年。
「なんだか、思い出してしまって……」
「そうだね……」
イコマの養女として、半ば押しかけるように大阪へ向かった日のこと。
失踪したユウお姉さんの行方を捜して、木々の声を聞いて回った夜のこと。
光の女神となったユウお姉さんに会いに、サンダーバード号に乗ったあの日のこと。
イコマが突然、家に帰ってきた朝のこと。
そしてマトとなり、何百年が過ぎ、家族であるイコマやユウを忘れた。
そしてついに、再会を果たした数ヶ月前のこと。
おじさんが見せてくれたコンフェッションボックスの情景。
大阪福島のマンション。
建築設計事務所を営んでいたおじさんの事務所兼住まい。
窓から見える大阪の景色。
梅田スカイビルの向こうに沈む夕日。
一緒に食べた晩ご飯。
クリスマスの夜……。
誕生日のプレゼント……。
洗面所に置いてあった私の工作の花瓶……。
三人で出かけた白浜の海水浴の写真……。
いつも座っていた椅子……。
オルゴール……。
私の家……。
涙が止まらなくなった。
それでもアヤは、フライングアイを肩に乗せ、
「お父さん」と、言った。




