193 ニューキーツの前長官
「アンドロだよな」
「さあ。でも、きっとそう。救援隊」
霞んだ世界の中から、人影がはっきり見えてきた。
「のようだな」
「うん!」
頷いたスゥの声には、さすがに喜びが溢れていた。
ヌヌロッチは、十人ばかりのアンドロを従えていた。
市民のとりあえずの居住エリアを決めたという。
ここから歩いて二十分もかからないというが、全員が移動し終えるには数時間はかかるだろう。
ヌヌロッチは、傍らの生きている溶岩をちらりと見て、はっきりと嫌な顔をした。
「ンドペキ、この世界での注意事項といいますか、この次元ならではの特殊性について、話しておきたいのですが」
「聞きたいな。でも、それは市民も知っておいていいことか?」
情報が少なければ少ないほど、不安の元になる。
できれば、全員がこの世界のルールを知っている方が、今後のため。
「そうですね。時間の流れ方や、この世界の広がり、立ち入れないエリアなどについては、話せます」
「時間の流れ?」
「あなた方が住んでいた次元、我々はホームディメンジョンと呼んでいますが、とここでは時間の流れが全く異なります。一定でさえありません」
「ふーむ」
「でも、それはまた後ほど。全員にお話しします。ただ……」
ヌヌロッチは困った顔をする。
「きっと最も大切なこと……、これをまだ彼らにはお話しできません」
居住エリアを取り急ぎ決めはしたが、食料や水をはじめとする生きていくための物資配給の目処がまだ立っていないという。
「うーむ」
「なかなか難題で」
仕方ないことなのだろう。
なにしろ、何の前触れもなく、三万人もの市民がなだれ込んで来たのだから。
ただ、この次元には数百万ものアンドロが住んでいるはず。
もしかするともっと多いかもしれない。
それに元々、人の住む次元の物資のほとんどは、このアンドロ次元から供給されているものだ。
すぐにその態勢は取られるのではないか。
しかし、
「実は、今……」
と、ヌヌロッチが説明してくれた内容に、ンドペキは言いようのない不安を覚えた。
現在ここに、アンドロはわずか数百人しかいないというのだ。
「なん?」
口調が思わず強いものになってしまった。
ヌヌロッチの表情は益々曇り、「話せば長くなります。まずは……」
そう。
まずは市民をその居住エリアに案内するのが先決だ。
振り返れば、群衆の影がおぼろに見えている。
特段の変化はないようだ。
パキトポークは、苛立つ市民を前にして、首を長くして待っていることだろう。
「あ、いや、すまない。これから、いろいろ厄介をかけることになる。よろしく頼む」
ンドペキはヌヌロッチに頭を下げた。
「それから、言いそびれていましたが、あの女性。広場でカイロスを起動させた」
「ああ」
タールツーの件だ。
「あれは、タールツーではありません」
「は?」
なんとなくそんなことだろうと思っていた。
「あれは、キャリーです」
「キャリー?」
「ニューキーツの前長官です」
「えっ」
「以前、仕えていましたので、見間違うことはありません」