192 溶岩?
ヌヌロッチが消えた方向に歩いていった。
あいかわらず灰色の空間。
何の目印もない。
平らな床が延々と広がっているだけ。
そういえば。
大昔、京都の山奥で殺人事件に巻き込まれたとき、目印のない笹原を真っ直ぐ歩いていくための方法をユウが話してたな。
そんなことを思い出したが、口にはしない。
あれはユウとの思い出話であって、スゥには関係ない。
イコマの記憶でもあるし。
振り返ってみれば、群集がかなり小さく見える。
見えなくなれば、どうすればいいのか。
戻れるだろうか。
「あそこ」
スゥの視線の先。
「なにかある」
薄い灰色一色の中に確かに、黒い小さな何か。
「油断するなよ」
「そっちこそ」
近づいても、動きはない。
「岩?」
「こんなところに?」
灰色の世界にぽつんと置かれたスツール?
さらに近づいていくと、それがスツールでないことはわかった。
黒と見えた色は、実際は赤黒いものだった。
「溶岩?」
「う-む」
スゥの描写どおり、それは真っ赤な溶岩の表面が固まりかけているときのようなものだった。
「さっき、地震があったから?」
表皮は黒く岩肌のようで、中身の赤く溶けた石のようなものが、その割れ目から見えていた。
「……これ」
呑み込んだ言葉。
生きている……。
中身の赤い石が肉塊のように思えた。
そして明らかに脈動していた。
恐ろしい考えが浮かんだ。
これは、ここに偵察に来たパリサイドの成れの果て……。
「おい!」
スゥが近づいていこうとする。
「大丈夫か?」
「なんとなく」
そして、話しかけてみようとする。
「待て。これ以上近づくのは危険だ」
「ここにいること自体が異常事態。これ以上、危険なことなんてないわよ」
ユウでも、そう言っただろう。
二人、よく似ている。
そう思うと、ンドペキはリラックスしてきた。
「まあな」
「どなたか存じませんが、アンドロがいるところへどうやったら行けるか、教えてもらえませんか」
スゥに代わって、話しかけてみた。
反応などあるはずがないと思いつつ。
しかし、溶岩の反応に思わず息を呑んだ。
黒い表皮の間から、赤い中身がすっと出て、手の形を作り、指差してみせたのだ。
「あ、あっ、ありがとうございます」
スゥがさらに大胆なことを聞いた。
「あの、私はニューキーツに住むマト、スゥといいます。あなたは?」
しかし、溶岩はこれには応えなかった。
そしてゆっくりと手を引っ込めてしまった。
溶岩が指差した方向。
これから向かおうとしている方向。
「行くか。ん?」
「誰か来る」
まさしくその方向から人影が近づいてきた。