184 説明は不要
隊員の実況中継を、イコマはンドペキの意識として聞きながら、出口を探して回廊を飛び回った。
一階から四階、西へ東へ。
出られない!
もう、正門まで戻るしかない!
そんなとき、メインブレインに訪問者があった。
取り込み中だと断ることもできたが、客の言葉が気にかかった。
「これが最後の報告になるだろう」
いつもの探偵だった。
いくつもの調査を依頼してあった。
「最初に謝っておこう。調査は芳しくはない」
「ん」
「どうした。興味なさそうな返事だな」
依頼したことを忘れていたわけではない。
しかし、今、目の前でカイロスが起動されようとしている。
しかも、チョットマにタールツー。
トラブルが起きている。
何が起きるかわからない状況だ。
しかしイコマは、探偵に報告を、と促した。
「そうか。ではまず、カイロスについて。ただ、話をする前に断っておく」
「なんだ」
「カイロスが発動されれば、俺達アギは消滅するだろう。記憶は海の藻屑となって消え去ることになる。いつなんどき起動されてもおかしくない状況だ。どの街もすでに避難を開始している」
カイロスとは、強力な電磁波で地球を包むものらしい。
「起動されても電力は維持されるだろうが、精密な機械や通信網は使い物にならなくなる。そうなれば、アギはおしまいだ」
「次の報告は?」
「あん? せっかちだな」
「目の前でカイロスが起動されようとしている。今、ニューキーツの政府建物内にいる」
「ほう! そうなのか!」
探偵はそれほど驚かなかった。
「そうか。いよいよか。六百年続いた俺の命も風前の灯ってわけだ」
「先を話せ。時間がない」
「うむ」
探偵は既に死を覚悟しているのか、カイロスを目の前にしているこちらの状況を聞いてこようともしない。
次の報告は、アンドロ次元にあるという装置の件。
「こいつは、ほとんど情報がない。なにしろ名前さえもついていない。秘密の機械だからな」
いくつかの噂があるという。
アンドロを滅亡させるものだという説。
逆に、アンドロを次の人類として作り変える、つまり人が持つ複雑な心を与え、また社会を営んでいくためのさまざまな知恵を与えるものだという説。
「間違いだ。そんな説は」
「ほう! イコマ、案外知っているみたいだな」
すでにオーエンから聞いている。
「まあいい。俺もそう思う。最もあり得そうな説は、これだ」
アンドロ次元をコントロールし、ホメムをはじめ人類が住める環境に変えるという説。
問題は、それがどこにあり、どのように起動されるか。
そして、生まれ変わったその環境をどうやって確かめるか。
調査の成果は乏しいと言いながら、探偵はそれなりに仕事をしていた。
「装置はアンドロ次元の奥深くにあるらしい。もちろん人類は辿り着けないし、こちらの次元から操作することもできない」
オーエンの話と符合する。
かつて、オーエンの右腕、ゲントウという科学者がアンドロを使って作り出した装置。
「起動させることのできる者がひとり」
「おおっ。誰だ」
「その男の娘」
「なに!」
マトの子、それはメルキトではないか。
アンドロ次元に足を踏み入れることはできないはず。
「言いたいことはわかる」
「なぜ娘が……」
「ゲントウはマトだった」
「ゲントウの説明は不要。知っている。娘のことを教えてくれ」
「うむ」
探偵は、俺も、信じられないのだが、と前置きした。
「アンドロの女との間に生まれた子、だというんだ」
「なんだと!」
まさか!
タールツー!
まさか!
彼女は人の心を持ち、愛という感情を持ち、子を産んだという。
ゲントウとタールツーが!
「本当か!」