176 そのうち、あんたも消えてなくなる
いずれ来る巨大な太陽フレアから人類を守るためのふたつの装置。
ひとつはこの次元に。
もうひとつはアンドロが棲む次元に。
人の住む次元にある装置は、妙な連中がカイロスなどという名をつけて、それなりに守ってきた。
そろそろ、起動の準備も整っていることだろう。
俺の方の準備も万端だ。
起動エネルギーに問題はない。
「アンドロ次元にある装置。こちらは、様子がわからない。俺はアンドロ次元には行けないからな」
普段なら、イコマはアンドロ次元にあるというこの装置に興味を持ったことだろう。
しかし、今はユウのこと、アヤのこと、チョットマのこと、そしてンドペキのことと、いわば家族のことで精一杯だった。
家族のために自分ができることをしようにも、フライングアイという小さな体で、歯軋りする思いが募るのみ。
ユウを頼りたいが、こちらからの連絡手段がない。
「ただ、様子がわからないからといって、手を付けないのは人類に悪い。俺も、人の子だからな」
オーエンは、勿体つけた言い方だと思ったのか、ふっと含み笑いを漏らした。
「装置は起動されるはず。あるいは、もう起動されたか」
パキトポークは、興味がないという様子で、ンドペキが消えた部屋の中を見つめている。
「ただ残念ながら、ゲントウがどんな手を使って起動するつもりだったのか、俺は知らない」
オーエンはパキトポークに向かって話しているのだろう。
イコマは、代わりに返事をしてやることにした。
「その装置、いや、カイロスの連中が起動させようとしている装置もそうだ。なにが起きるんだ?」
「ん? イコマとか言ったかな」
「そうだ」
「あんたも変わったアギだな」
「まあな」
「そのうち、あんたも消えてなくなる。切れ切れになった記憶が海を漂うだけだ。いずれそれも粉々になり、修復できなくなるだろう」
「だろうな。でも、もうどうでもいい。人類最後の日に何が起きるのか。それが知りたいだけだ」
「フン。冥土の土産に教えてやらんでもないが」
オーエンが言い淀んだ。
また何か条件でも持ち出してくるのか。
案の定、
「ひとつ頼みがある」と来た。
「俺の代わりに、アンドロ次元がどうなっているのか、見て来てくれないか。あいにく俺は、目ん玉の身体は持っていないんでな」
「えっ」
思わず絶句した。
考えてもみなかった提案だった。
「フライングアイなら……」
「行けるかどうか。それは知らんさ。しかし、やってみる価値はあるだろ」
「むう」
そこは、普通の肉体を持った人類が生存できない場所。
とてつもないエネルギーが渦巻く世界。
数百年前にゲントウが作った装置によって、その次元のエネルギーが、人類が生存できるレベルに落ち着くという。
少なくとも、アンドロによって構築された、次元内に浮かぶ都市の中では。
人類の避難先候補。
らしい。
「どうだ?」
「うむう」
「悩むか?」
「まあな」
それが、ユウやアヤ、そしてチョットマを助けることに繋がるなら、迷うことはないが……。
「装置が起動し、人類が暮らしていける環境になっているかどうか、それを確かめてくるだけだぞ」
「もし、なっていなかったら」
「フライングアイなど、ひとたまりもないわ!」