170 あんた、狂ってる
つむじ風と共に岩肌が震え、一瞬にして戦闘は終了した。
「隊長!」
チョットマは暗闇の中を突き進んだ。
「遅かったか」
聞き慣れない声がした。
「ハクシュウ、すまなかった」
えええっ!
まさか!
何度も転び、むき出しの岩に顔や膝を打ち付けた。
壁に激突し、手の甲や腕も激しく痛んだ。
自分のふがいなさを呪った。
隊長! どこ!
前方かなり離れた位置に、明かりが灯った。
前かがみになって蹲っている者がひとり。
涙がとめどなく流れていた。
見慣れない小さな体が横たわっているのが見えた。
ハクシュウ!
ハクシュウはもう虫の息だった。
チョットマの方へ顔を向けると、ヘッダーをはずせというしぐさを見せる。
「いやだ!」
ヘッダー含め、装甲には簡易な生命維持機能が備わっている。
負った傷がどの程度のものかわからないが、取り留めることのできる命を失うかもしれない。
「もうだめだよ」
「だって!」
「最後に素顔を見せて、君と話したい」
チョットマは、ローブの男から取り上げるようにして、ハクシュウの小さな体を抱いた。
息を呑んだ。
硬い装甲の胸のあたりがえぐり取られ、血が吹き出ていた。
体の震えを抑えきれなかった。
こんな傷!
救命キットさえあれば。
ちきしょう!
震える指で、装甲に付いた傷口を撫でることしかできなかった。
ローブの男が手を伸ばし、ハクシュウのヘッダーをはずした。
ゴーグルやマスクもはずす。
はぐ・じゅうっ!
現れた少年の顔に、チョットマは何度も口付けた。
少年は微笑んでいた。
「チョットマ、最後に会えてうれしいよ」
「隊長……」
「思い出すよ」
「いや! 話さないで! 今は! 体力を!」
君が、ハイスクールから、出て来た、あの日。
「だから……」
ンドペキは、君を、隊に入れよう、と言った。正解、だったよ。
「やめて……」
君の、緑色の髪、を見て、僕は、この人を、守らねば、と思った。
「だから……、だから……」
僕の、使命、だったから。
「隊長……」
「最後に、チョットマ、君を、守れて、よかった」
チョットマは泣いた。
手裏剣をハクシュウの頬に当て、泣いた。
背後に人の気配を感じ、少年の体を床に寝かし、立ち上がった。
ハクシュウに守られた私の命。
やらなければいけないことがある。
そう、自分に言い聞かせようとした。
「申し訳なかった。わしが来るのが遅かった」
背後の声は、ペールグリと名乗った。
ロア・サントノーレの長で、カイロスの刃を守ってきたという。
「予想外だった。ブロンバーグがあれほど性急に襲撃に移るとは」
チョットマは再び蹲り、ハクシュウの顔を撫でた。
「事情は歩きながらお話しするとして、まずは引き返しましょう」
チョットマは振り返った。
小柄な老人が立っている、その足元。
纏ったローブの下から、白銀色の装甲が覗いている。
そしてカギ爪。
ブロンバーグ。
おびただしい血が流れ出していて、すでに息がないことは明らかだった。
「ハクシュウは己の命と引き替えに、ブランバーグを葬った」