169 くびきから開放されたのさ!
柔らかい声だが、怒ったような響き。
「緑色の髪を持つ女性を殺す気か」
ブロンバーグの背が震え始めた。
「殺す? 不吉なことをぬかすな!」
通路は狭く、暗い。
ブロンバーグの向こうにいる者が誰か、チョットマには見えない。
背後に気配を感じた。
黒いローブを羽織った男が二名、駆け寄ってくる。
ブロンバーグの部下たち。
たちまち狭い通路でもみ合いになり、チョットマは後方に退けられてしまった。
部下たちはローブの下に装甲を身に付けていた。
また声が聞こえた。
「伝承では、服装の規定はなかったはず」
「わしが決めたことだ!」
「少なくとも、命を守るものを身に付けさせるべきではないのか」
「小僧に指示される覚えはない!」
声が笑ったように感じた。
「ふっ、小僧か」
「そこをどけ! さもなくば」
「排除するのみか」
「分かっているなら、おとなしくしろ!」
「今でもおとなしくしているさ。それにこんなに狭い通路だ。どけってったって、どこに?」
ブロンバーグから熱気が立ち昇り、殺気が充満した。
誰かが殺される!
私の身を気遣ってくれたばかりに!
でも、誰?
どうしてここに?
誰も知らない通路のはずなのに。
「小僧!」
「小僧って呼ばないでくれるかな。名前があるんだ」
「おまえの名前など、興味はない!」
「ニューキーツ東部方面攻撃隊、元隊長のハクシュウだ」
「ハクシュウ!」
「隊長!」
チョットマとブロンバーグが同時に叫んだ。
「アビタットと名乗ってるけどね」
「隊長!」
チョットマは市長の部下に突進したが、武装した者相手に歯が立つはずもない。
「通して!」
部下に腕を取られ、チョットマはもがいた。
「隊長!」
「どうしてここに!」
ブロンバーグの問いに、少年の声が笑った。
「再生が間に合ったのさ。しかし、このざまだ。子供だ」
「どうでもいい! なぜここにいる!」
「兄弟のクシが死んだことを、僕は直感で知った。カイラルーシで」
「隊長!」
「隊長!」
「ハクシュウ!」
チョットマは叫び続けていた。
姿は見えない。
ブロンバーグの前方、かなり離れた位置にいるようだが、暗闇の中。
「突然、気持ちが一気に楽になり、ああ、クシが死んだんだなって」
ハクシュウは穏やかな声で話している。
「そして感じたんだ。自由の身になったことを」
「自由!」
「そうさ。自由」
ブロンバーグが電灯の明かりを消した。
自分の指先さえ見えなくなった。
闇の中を、静かな声が流れてくる。
「僕とクシの兄弟は、カイロスの民のちっぽけな歯車……」
捕らえられた兄弟蟹……。
互いに逆の役割を与えられ、数百年もの間、時には殺し合ってきた。
カイロスの伝承を守るため利用されてきたんだ。
そして、宣言するように言った。
「そのくびきから開放されたのさ!」
「きさま! おまえの感情など! 我々を憎むなら憎めばよい!」
「憎んじゃいないさ。ただ」
「なんだ!」
「はっきりさせたいだけ」




