164 あたしゃね、そこに行こうと
作戦室の外に、ライラが待っていた。
「歩きながら話すよ」
と、案内人を先に行かせ、ピッタリ体を寄せてくる。
「まずは、うれしい話」
サブリナという娘が帰ってきたという。
「よかったですね!」
「うん。よかったよ。じゃ、次の話」
ライラはあっさり表情を変えると、
「おまえには知っておいて欲しいからね」と、早口で話し始めた。
カイロスが発動するや否やに関わらず、この状況では、全市民の避難はやむをえない。
避難命令は長官名で発令されるものだが、暫定長官がアンドロのタールツーとなれば、その命令は誰が出すのが正統なのか。
「正しいかどうかなんて、もうどうでもいいさ。誰が出してもいい。ブロンバーグは市長として命令を出すつもり」
ブロンバーグはすでにタールツーに要請文を送ってあるという。
「そろそろ向こうの手元に届くはずだけど、まだ何の動きもないね」
ライラでさえ、珍しく軽装甲を身に付けていた。
いよいよそのときがやってきたのだ。
「ブロンバーグはおまえにもメッセージを発信して欲しいと思ってる。レイチェルの代理としてね」
自分が?
そんな大それたことを?
チョットマは一瞬そうは思ったが、不安を口にしたりはしなかった。
「さて、ここからが本題」
ライラが顔を覗きこんでくる。
頷き返すチョットマに安心したように、言葉を続けた。
「問題は避難先」
「避難先?」
「そうさ。エリアREFの地下深くには、古の時代に作られた巨大な空間が広がっている。知っているだろ?」
「はい」
「ブロンバーグはそこに物資を運び込んでいる。彼が出す指示も、そこへ避難せよ、だ。ところが」
タールツーはそうするだろうかという不安がある。
「タールツーはアンドロ。実はアンドロ次元にも避難先が用意されているらしい。ゲントウによって。以前、話したよ。覚えてるかい?」
チョットマは頷いた。
「そこには容易なことでは近づけない。アンドロ次元自体が、生身の人間が活動できる場所じゃないからね」
膨大なエネルギーが渦巻いている空間。そんな話を聞いた記憶がある。
前を行く案内人に聞こえないように、ライラが顔を寄せてきた。
「あたしゃね、そこに行こうと」
「えっ! ライラが!」
「ちっ、大きな声で」
「ごめんなさい……」
「あたしにも夫がいる。ろくでもない男だが、今、その道筋を作ろうとしている。オーエンと一緒になって」
「えっ、あっ、そうなんですか」
「オーエンはその時期が近づいたことを知って、ホトキンを手に入れたかったのさ。アンドロ次元へ至る新しいゲートを開くための作業員としてね」
今通じているアンドロ次元へのゲートは、使えなくなる可能性があるという。
ゲートを維持するエネルギーが、こちらの次元から供給されているためだ。
オーエンとホトキンが作ろうとしているのは、その逆。アンドロ次元の無尽蔵なエネルギーによってゲートは維持される。
「なんとか間に合いそうなんだとさ」
ライラはフッと溜息をついた。
「夫が作ったゲートを潜らなくて、女房とは言えないだろ。うだつのあがらない男だけどね」
「でも……」
「ん? 心配かい? アンドロ次元が」
「うん……」
「そこを人が暮らしていく、少なくとも移動くらいはできる状態にするのも、ゲントウが作ったもうひとつの装置なのさ」
その装置は、アンドロ次元に新しい位相を作り出し、その中で人々は暮らしていけるという。
「実は、今ここにも位相の異なる空間は存在するんだよ」
「そうなの……」
「いくつもあるらしい。くだらないアギどもが余生を送る場所さ」
「……」
「しかし、そんなものは太陽フレアの一撃で、ペシャンコさ」
そうなのか。
まさか、ンドペキはそこに落ち込んだのではないのか。
ライラがチョットマの不安に気づかないはずはないが、話は先を急ぐのだろう。
また、あっさり話題を変えてきた。