163 隊員資格はく奪なんですか?
「遅くなった」
そんな言葉でスジーウォンはやってきた。
「チョットマ、市長とやらの伝言を伝える。コリネルスも同席の上で決まったことだから、安心していい」
大至急、武装を解いて平服に着替え、作戦室に向かえ。
そこに案内人を待機させてあるから、その男の指示に従うように。
武器は必要ない。
行先は市長の部屋。
そこでカイロスの刃を持ち、珠のあるところに移動する。
詳しくは、市長室にて。
「ということだ」
「わかりました」
「チョットマ。あんたともっと話したかったんだけど、一刻も早くということだった。急いで行ってくれ」
「はい」
スジーウォンの声には優しさがなかった。
この状況下だ。感じ取れなかっただけのことかもしれない。
そうは思ったが、悲しいことには違いなかった。
かつての東部方面攻撃隊はどんな時でも、優しさが溢れていたのに……。
少なくとも、スゥの洞窟に籠るようになってからは。
「でも、ここの現状だけは説明を」
「必要ない! 早く!」
「……はい」
「あんたの気持ちは私の気持ち。一緒なんだから。だから早く行って」
ヘッダーをつけていなければ、涙が眼尻から吹き飛び、道往く群衆に振りかかったかもしれない。
チョットマはエリアREFに向かって街を駆け抜けた。
長い緑色の髪を無造作に束ね、たまご色のシャツに黒いフレアスカート。
ビニールのサンダルが安っぽいが、これしか持っていない。
しゃれたポーチの代わりに兵士用の軽量バックパックに水と少々の食料を詰めて。
チョットマは、ひとつ呼吸を整えて、作戦室のドアを開けた。
「ただ今、戻りました!」
コリネルスが立ち上がった。
「おっ、早いな。さすが、チョットマ」
「スジーウィンからここに来るようにと」
「うん。君を今手放すのは惜しいが、街を救い、地球を救うためだと言われれば、断るわけにもいかない。そっちの任務を早いとこやっつけて、戻ってきてくれ」
「えっ、まさか」
「ん?」
「隊員資格はく奪なんですか?」
「そんなはずないだろ!」
チョットマは無理やり微笑んだ。
こんなつまらない冗談も言えないような東部方面攻撃隊ではないはず。
コリネルスも笑った。
「そういや、ンドペキから言付かっている。君の歌は俺たちが全員合流するまでお預けだぞ、って」
「はい!」
コリネルスは、市長の案内人に断って、少しだけ時間を取ってくれた。
「アヤの救援隊は無事にパキトポーク隊に合流したようだ」
しかし、ンドペキらと合流できたという報はまだ入って来ない。
パキトポーク隊の位置、ンドペキ隊の位置は近接しているはずなんだが。
そう言って顔を曇らせた。
「スジーウォンにその地点を伝えてあるから、救出が必要なら両面から向かうことになる」
案内人を気遣って、コリネルスは要点のみを早口で伝える。
「ハクシュウのことなんだが。戻ってこなかった」
「えっ、隊長が!」
「ンドペキがロア・サントノーレでの出来事を見聞きしたとき、ハクシュウを名乗る少年がいたようだ」
「少年……」
「なにしろ幻影装置で見聞きしたことだ。スジーウォンから話があるだろう。皆にはまだ言わないでおこうと決めた」
「え?」
「スジーウォンが戻ってきた飛空艇の離陸までに、姿を現さなかったらしい」
確かにハクシュウだったらしいが、とコリネルスは言葉を濁した。
「地下のアギのパリサイドが地上に出てきた」
市長の指示によって、パリサイドを解放したという。
「連中は、以前のように手に負えない連中ではなくなったようだ」
そうなのか。
でも、チョットマには関心はない。
「なにやら、どこかに避難しよとしているようだ」
「へえ。エリアREFの地下以外に?」
「詳しいことは知らない」
チョットマは、政府の建物に市民が殺到していることを話した。
「ふむ。エリアREFの地下にも市民が押し寄せて来てるぞ」
避難場所は三箇所か。
まるで民族大移動だな、とコリネルスが小さく笑った。
タールツーを失脚させる作戦。
そんなことをしている場合ではないのかも。
だが、口にはしなかった。
コリネルスも感じているかもしれない。
そうだとしても作戦中のンドペキやパキトポーク、そしてスジーウォンをそのままにして後方支援部隊が浮き足立ってよいはずがない。
さあ、とコリネルスが立ち上がり、肩に手を置いてくれる。
装甲を着けたコリネルスの腕は重たく、その重さの中に暖かさを感じた。
「頼んだぞ。カイロスとやらで、このふざけた暑さを吹き飛ばしてきてくれ」