161 もう時間がないんだから
「チョットマ」
あ。
声が遠い。
スジーウォン?
さっと辺りを見回すと、建物の陰に、
「ニニ!」
人目を憚るように、手振りでこっちに来いという。
持ち場を離れるわけにはいかないし、門から目を離すわけにもいかない。
あなたこそ、とチョットマは手招きを返した。
「会えてよかった」
周囲を気にしながら近寄ってきたニニが思い切り笑顔を作った。
「門の見張り。だからここを離れられない」
ニニは頷いて「ごめん」と舌を出した。
「私も職業柄、こんなところであまり人目に触れたくないから」
「SPだから?」
「大きな声で言わないで」
ニニはSPではない。
しかし、そのようなもの。
アンドロでありレイチェルの直属の用人が、大勢の市民や政府建物内から監視しているかもしれぬ者の前で、反政府軍の兵と歓談している状況は、見咎められて得なことは何もない。
「それにニニ、あなたその恰好」
ニニは軽装備ではあるが、防具を身に付けていた。
装甲自体は普遍的なもので、一般市民でも所有している者がいるだろう。
現に今、目の前で門に流れ込んでいる群衆の中にも散見される。
その程度のものだ。
しかし、ニニがなぜ……。
「この方が動きやすいから。それに、ほら」
軽ヘッダーに取り付けられたゴーグルを落とすと、もう誰かわからなくなる。
「一応、私も隠密なので」
くすりと笑ってから、ニニの声が改まった。
「どんな挨拶をすればいいのか、わからないけど」
「なに?」
「お別れなのよ」
「えっ」
ゆっくり話している時間はない、とニニは言う。
「私、アンドロ次元に向かうことにした」
「……」
ニニはマリーリが脇門をくぐり抜けていったことを知っているだろうか。
同じ理由で?
「レイチェル長官を探すサポートをしろって、頼まれてるんだけど」
「そうね」
「私、決めた」
「なにを?」
チョットマとニニは並んで立っている。
正門や脇門から目が離せず、ニニもゴーグルを下ろしている。
「顔を見せてよ」
「チョットマの方こそ」
仕方ないね、状況が状況だからと、ニニがまた笑い声をあげた。