160 いつでも狙い撃ちにされるんだね
ん?
門に入る人々の様子がおかしい。
誰もが一刻でも早く中に入りたい。なにしろ暑い。
それはわかるが、明らかに職員ではないと見える人々の姿が。
避難してきているのだ。
大勢の市民が。
門には警備員が立っているが、咎める様子もない。
と、門から程近い街路で騒ぎが起きた。
悲鳴が聞こえてきた。
街路に停めてあった車両が燃え上がったのだ。
運悪く熱波が街路を吹き抜けていく。
危ない!
燃え上がった炎は風に煽られ、切れ切れの炎となって街路を走り抜けていく。
商店が建ち並ぶ通り。
逃げ惑う人々。
瞬く間に通りのありとあらゆるものが燃え始めた。
火を付けてくれといわんばかりの高温になっていた、屋根飾りや看板や幟や荷箱。
それらに燃え移った火に、もっと燃えよとばかりに熱風が吹き付ける。
「ギャー!」
炎をまともに喰らった人がいた。瞬時に火達磨になった。
助けなければ!
チョットマは飛び出そうとしたが、足を止めた。
すでに政府建物から消火隊が現場に急行している。
消火隊の目覚しい働きぶりも初めて目にするものだったし、消火銃の威力も初めて知った。
わずか数名だが、消火銃を撃ち始めると、コンロのスイッチを切るようにたちまち炎は消える。
商店街は炎に飲み込まれていたが、消火隊が駆け抜けるとその後には何事もなかったかのような景色が残っている。
火事の名残をとどめるのは、あちらこちらに散らばった焼け焦げた木片や、溶けた金属。
そして負傷した人。
これは仮想の光景?とさえ思えるような鮮やかさ。
通りにはたちまち人波が戻り、ますます勢いづいて政府建物の脇門に殺到してくる。
いつの間にか、政府機関に出勤する人より、逃げくる市民の方が多い状態だった。
誰の目も、もう政府建物内に入ることしか考えていないように、前しか向いていない。
中には、大きな荷物を抱えている人も。
避難用の物資を詰め込んできたのだろう。
あっ。
チョットマは小さな悲鳴を上げた。
脇門に向かう人の波に、先ほどの火事で火達磨になった人の姿がある。
火傷そのものはその場で救急隊に手当され、既に治っているようだったが、再び服がくすぶり始めている。
どこからか、消火銃の発砲音がして、服の火は消えた。
そうか。
私達もいつでも狙い撃ちにされるんだね。
ふとそう思ったが、周辺に展開した隊員の配置を変えようとは思わない。
アンドロ兵はもう撃ってはこない、はず。
撃ってくるなら、多くの市民が巻き添えになるような時刻まで待つ必要はなかったのだから。
あっ。
チョットマはまた小さな声を上げた。
マリーリ!
脇門に殺到する群衆に混じって、レイチェルSPの姿が。
こちらを見向きもしない。
私の装甲を知っているはずなのに。
どういうこと?
レイチェルが見つかったの?
それにしては、マリーリの様子は尋常ではない。
何かに取り憑かれたように、前へ前へと突き進んでいる。
思いつめたような目には何も見えていないのか、他の人を突き飛ばし、転んだ人を踏み越えていく。
たちまち門内に消えた。
いったい……。
マリーリの行動だけが特別異常なわけではない。
脇門に押しかけている市民のだれもが、多かれ少なかれ目を血走らせている。
時間を追うごとに、増え続ける人々。
まずいかも……。
これでは、アンドロが紛れていてもわからない。
ただ、入っていく人ばかりで、出て来ようとする人は皆無。
消火隊員が出入りするだけ。
それでもチョットマは、絶対に見逃すまいと門を睨み続けた。
朝の太陽はいつしか高く上がり、ギラギラした光が街を照らしている。
気温も異常なほど急騰し、摂氏六十度を超えた。
いつものような朝の光景はなく、雪崩を打って押しかけてくる市民の数は増すばかり。