157 一番大切なのは自分だよ
あたしゃ、これでも呪術師。
人の心が読める。
「ニニにはその気もあるようだけど、マリーリには、ないね。ヒカリって奴なんか、顔も見せないよ」
それでもアヤはまだ、半信半疑だった。
マリーリやヒカリにとって、レイチェルは上官であり、仕えるべき相手。
生きている可能性があるのなら、何としてでも見つけ出したいと思わないのだろうか。
「一応、先導はしたけどね」
ヒカリとマリーリ、そしてニニは、エリアREFの深部にまで足を伸ばしたという。
「でもね。どこを探せばいいというんだい」
エリアREFの地中深くには、何層にもわたって大小さまざまな空間が蟻の巣のように広がっているという。
「小さな部屋までしらみつぶしに調べていくとなると、いくら時間があっても足りないよ」
レイチェルのシェルタの直下だけのエリアをとっても、数百の部屋があるだろうという。
「行き方がわかったから後は自分達で、と言うから別れたけど、あれから行ってもないね。探す気なんて、最初からないのさ」
「でも」
「それに、探そうたって探しようがないさ」
騎士団が持っていたジャイロセンサー。
あれさえあれば。
「あたしもそれを言ったさ。借りて来いってね。でも、どうなったことやら」
ライラが首をすくめ、ちらちらと自分の部屋の方に目をやった。
「アヤ、わかってると思うけど、街もここも、もう大変な状況なんだよ」
「ええ」
「この地下の空間は、まもなく開放される。市民が避難するために」
その準備段階として、比較的浅いエリアは既にブロンバーグによってオープンにされている。
ニューキーツ長官によって、避難エリアが解放されたらすぐに、物資を運び込む準備が進んでいるわけだ。
「彼らになぜ、レイチェルを探す気がないのか。それは、あたしにもわからないね」
そういって、ライラが背を向けた。
お別れだ。
「ねえ、ライラ」
背中越しに声を掛けた。
「私も、政府建物に突入することになったの。だから……」
アヤは迷った。
どんな言葉でお別れの挨拶とすればいいのだろう。
死ぬかもしれない、という実感はない。
しかし、もう会えないかも、という気持ちはないとはいえない。
またあのときの恐怖が甦ってくる。
バーチャルな罠に絡め取られてしまった恐怖が。
「だから……、行ってきます!」
ライラが振り返った。
「……そうかい。気をつけて行って来るんだよ」
「はい!」
「なんだって今更、もう……。いや、もう言うまい」
ライラの言いたいことをアヤは気づいていた。
もう、政府建物へ侵攻しても、意味はないと思うんだけどね。
とでも言いたかったのだろう。
そう思うのは、自分が兵士ではないからだろうか。
「じゃ、またね。何としてでも、政府は取り戻してくるから」
「ああ、頼んだよ。でも、一番大切なのは自分だよ。それを忘れるんじゃないよ」
サキュバスの庭を出る階段に向かった。
後ろから、さっきの女性の叫ぶような声が聞こえてきた。
「ごめんなさい! お母さん! 私! サブリナ!」