155 レイチェル……、私の親友
アヤは居ても立ってもいられなかった。
ンドペキ隊が消息を絶って、かれこれ二時間ほどにもなる。
騎士団は、ほうほうの態でシェルタに逃げ帰ってきた。その数わずか十名。
タールツー軍、侮れぬ。
そんな思いが、隊全体を覆っていた。
政府建物内の罠が、これほどまでに入念に準備され、幾重にも張り巡らされていたとは。
アヤにはその恐怖の実体験がある。
ほんの数ヶ月前、エーエージーエスに放り込まれる直前、食堂に向かうあの単調な廊下で味わった恐怖。
身のすくむ思いは、今でも容易に思い出すことができる。
バーチャル空間に惑わされることのないフライングアイ。
イコマはパキトポークと行動を共にしているが、彼とて、政府建物内の構造を把握しているわけではない。
どんな仕掛けもフライングアイには通用しない、と言い切れるだろうか。
そこで働いていた自分なら……。
隅々まで熟知しているわけでは当然ない。
しかし、見知ったエリアもある。
少しは役に立てるのではないか。
しかし、自分には与えられた任務が。
思いあぐねて、アヤはコリネルスの元を訪ねた。
アヤの顔を見るなり、
「パキトポークの隊は、疲弊しているそうだな」
と、コリネルスが言う。
「はい。そのような連絡が届いています。武器弾薬の類は足りているが、エネルギーパッドの補給と万一の場合の医薬品類を要請してきています」
「うむ」
デスクから顔をあげたコリネルスは、眉間に皺を寄せていた。
ンドペキ隊とは通信が途絶し、消息が掴めない。
パキトポーク隊が頼りだ。
タールツー殺害を一時保留してでも、ンドペキ隊の救援に向かったパキトポーク。
この行為の是非を、コリネルスが口にすることはない。
きっと自分でもそうしただろうと思っているのだろう。
「部隊の再編成に取り掛かっている」
「ええ」
「パッション隊に、長官室に近いラインまで前進するよう、伝えてくれ。パキトポーク隊に近いラインまで。タールツーを取り逃がさないようにだ」
「はい」
「スジーウォンが帰ってきたら、同行させる通信要員を選んでくれ」
「もう決めています」
「それから、パキトポーク隊には今すぐ応援を送る」
「はい」
「応援隊の通信要員は、君自身があたってくれ」
「あっ、はい!」
「四十名ほどで構成する。救護班を厚めに付けるつもりだ」
ほとんどがエリアREFの兵で、前線には向かない。
「攻撃力のある兵は、スジーウォンに付けてやりたい」
「ええ」
「君は、パキトポークと接触したら、すぐに戻ってきてくれ。スジーウォンがいつ帰ってきてもいいように」
「了解です」
コリネルスはわかってくれていたのだろうか。
自分とンドペキの特殊な関係は知るはずもないが、少なくとも自分の今の心情を。
「ありがとうございます」
素直にアヤは礼を言った。
「ん? どういうことだ?」
「いえ、私もそう考えていましたので」
コリネルスが向き直った。
「応援隊の隊長はネーロ。もう話してある。準備を始めているはずだ。彼と打ち合わせてくれ。出立は三十分後」
「了解です」
コリネルスがさらに厳しい表情になった。
「もうひとつ、君にやって欲しいことがある」
「なんでしょう」
マリーリ、そしてニニの動向を把握すること。
隊員ではない。従って、報告を寄越してくる義理はないが、少なくとも協力関係にはある。
ところが、何の連絡もないという。
ライラの協力を得て、エリアREFの地下深くの探索を開始しているはずだが。
「彼らの動向をチェックしたい、という意味ではないんだ」
コリネルスが表情を緩め、どう思うかと問う顔つきになった。
「あのジャイロセンサー。騎士団の。どうも気になる」
騎士団がシェルタに篭り続けていたのには、それなりの理由があるのではないか。
「もしや、レイチェルが本当に生きているのなら……。先ほど、市長が訪ねてきて……」
コリネルスが大きく息をついて立ち上がった。
「いや、話している時間はないな。早速、取り掛かってくれ!」
「了解しました!」
アヤは作戦室を飛び出した。
まずは、ネーロと会わねば。
資材庫にメンバーを集めているはずだ。




