146 アリーナ
確かに、ンドペキが消えた位置はこの先にある。
左前方三百メートルばかり。
近づいているはずだ。
「それなら、別ルートを探そう」
パキトポークは言うが早いか、左横の壁を吹き飛ばすべく、エネルギー銃を構えた。
「下がってろ!」
隊員やフライングアイが離隔距離をとるやいなや、引き金を引く。
「ム!」
今までの壁は、パキトポークの一撃に脆くも崩れ去ったが、今回ばかりは様子が違った。
「くそたれめ!」
第二弾を放ったが、まだびくともしない。
イコマは、この先に違いないという確信を持った。
ンドペキの隊も、苦労して壁を壊し、ようやく人の通れる大きさの穴を開けたのだ。
ただ、それがどの廊下の突き当たりだったのかまでは、特定できなかった。
どの廊下も全く同じ造りで、見分けがつかない。
やむなくパキトポークの隊は、ンドペキが消えたと思える座標に向かって突き進むしかなかったのである。
何度かチャレンジを繰り返し、パキトポークもようやく抜け穴を穿った。
「よし!」
「待て!」
イコマは飛び込んでいこうとするパキトポークに向かって叫んだ。
これまでも、進んでいこうとする先が仮想空間なのかどうかを、フライングアイであるイコマが判断してきた。
どんなに普通の部屋や廊下に見えようとも、イコマは常に前方を注視し、自分にはどう見えているかを伝えてきた。
自分の見ているものと一致する場合に限って、パキトポークは進んでいく。
自分の判断だけで、新たな空間に飛び込んでいくことはなかった。
パキトポークも焦っているのだ。
「確認してからだ!」
「なら、早く来い!」
穴の向こうには、数万人規模の演舞でもできそうな巨大な空間が広がっていた。
「巨大なアリーナだ。とてつもなくでかい。客席やステージらしきものはない。なにもない。がらんどうだ」
天井の様子、床の様子、明るさなどに始まって、見えるものをすべて口にしていく。
床には幾何学的な模様が描かれている。
出入り口らしきものは見当たらないし、窓もない。
仄かに明るいが、その光がどこから来るのか……。
「もう、間違いない!」
足を踏み入れようとするパキトポークの前に浮かんで、イコマはまた制した。
「見覚えがある!」
「む!」
イコマは覚悟を決めた。
「ンドペキもこの場所に入った」
パキトポークの目が問うていた。
なぜ、わかる。
「このアリーナを横切ろうとした。しかし、中央部まで進んだとき……」
「攻撃されたのか」
「違う。バーチャル空間に飲み込まれたんだ、……と思う」
このアリーナを走ったンドペキの記憶はイコマの中にもある。
しかし、その先がない。
「……と、思うか……」
パキトポークが迷っている。
進むべきかどうか、ではない。
フライングアイの言葉を信用するべきかどうかを。
「となれば」
と、パキトポークが銃を構えた。
「破壊するまで」
イコマはフライングアイの体を、銃口に押し付けた。
「待て! ンドペキ達の姿がない!」
その意味をパキトポークはすぐに悟り、引き金に掛けた指を抜き、安全装置まで掛けた。
「ふう! まさかってことがあるな」
バーチャルに囚われたままなら、その状態の体があるはず。