145 侵攻開始から、四時間
イコマはパキトポークのすぐ後ろに浮かんでいた。
分厚い体躯の先には、轟然と燃え盛る灼熱の炎が見えていた。
「ちっ」と舌打ちして、パキトポークが振り返った。
ここか、というように目を向けてくる。
侵攻開始から、四時間ほど経過。
数十人のタールツー軍を蹴散らし、仮想空間生成装置を幾度か破壊してきた。
しかし今、パキトポーク率いる隊は元来た道を引き返し、ンドペキの隊が進んだと思える経路を辿ってきたのだった。
「なんともいえない」
イコマはそう応えた。
ここがンドペキ達が消えたところだろうか。
イコマはンドペキと意識を共有しながら、互いに相手の位置を確認しながら政府建物内を進んできたが、突如としてンドペキの意識が消えたのだった。
そのことを伝えるべきかと迷ったが、パキトポークの方からこう言ってきた。
ンドペキ隊の様子がおかしい。通信が繋がらない。
非常事態が起きているのではないか。
既に、ドトー率いる騎士団は壊滅状態に陥り、将は討ち死に、生き残った者はシェルタに逃げ帰っている。
パッション隊は前線に踏みとどまっているが、兵力の毀損は少なくない。
彼らから救援要請は届かなかったし、パキトポークも自分の隊員を応援に向かわせようとはしなかった。
余裕はない。
あくまでタールツーの排除が優先。
しかし、ンドペキ隊なら話は別。
見殺しにはできない。
疲労が蓄積していた。
隊員の動きは緩慢になっている。
表情は見えないが、REFの兵の中には、武器を構えるのも辛そうな者がいる。
「行けるか」
パキトポークが声をかけた。
この炎の中を進むことのできない隊員はいないか、というのだ。
疲れてはいても、ここで休息を取ろうという気はパキトポークにはない。
ンドペキ隊と無事に合流するまで、休んでいる暇はない、と隊員達には伝えてある。
しかも、ンドペキ達が消息を絶ったと思われる地点の目と鼻の先まで、ようやく到達したのだ。
ここぞとばかり吹き飛ばした壁の向こうには、灼熱の空間が広がっていた。
これまで破壊してきたバーチャル室は、無機的な小さな空間だったが、ここは違う。
何らかの薬品か火薬に引火したのか、あるいは凝縮されたエネルギーを解放してしまったのか、火の海に大小の爆発を繰り返している。
東部方面攻撃隊の隊員なら問題はないが、エリアREFの兵の中には、装甲の不十分なものがいる。
「迂回路を探して追いかけていく」
数人の隊員が手を挙げた。
パキトポークは何も言わず、鮮烈な光を放っている部屋を見た。
迷っている。ンドペキが飛び込んでいったのはこの部屋だろうか。
イコマは記憶を手繰り寄せた。ンドペキが見た光景の中に、このような空間はなかった。
「違うと思う」
そう声をかけたが、依然としてパキトポークは炎を凝視している。
そして、振り返った。
なぜ、違うのかと。
見えはしないが、パキトポークの巨眼に睨まれているような気がした。
「ンドペキの隊員の中にも、ここを通過できない者がいるだろう」
「フム」
「今壁を破壊したことで、この部屋が燃えているのではなさそうだ」
壁を破壊し、視界が広がったその瞬間から、既に目の前は地獄絵だったのだ。