141 その時が来た
「カイロスの刃を珠に合わせる時が来ておる。昨日、話した通り」
長老の話は、理解できないことが多かった。
「私たちは……」
刃をニューキーツにもたらすことが任務であって、それ以外のことは、と言いかけて口をつぐんだ。
ハクシュウの任務の全貌を聞いたわけではない。
彼の背負っているものを知っているわけでもない。
今、己の行動を制限してしまうことはない。
「襲い来る太陽フレアから地球を守るとき。そのとき、人類はある覚悟を決めなくてはならぬ」
長老は感無量といった面持ちで、カイロスという言葉を繰り返す。
「カイロスは人を滅ぼす力をも持っておる。その力から逃れねばならぬ。ありていに言えば、地中深くに逃れねば未来はない」
長老が向き直った。
「ところがニューキーツは今やアンドロが支配している。カイロスにまつわる伝承を受け継ぐホメムの子は、姿を隠したというではないか」
そのとおりである。
レイチェルがそんな大げさな伝承を受け継いでいるとは思えなかったが、いずれにしろ彼女は死んだ。
タールツーはアンドロ。伝承を知らないばかりか、聞く耳さえ持たないかもしれない。
「ブロンバーグは、カイロスを発動する前に緊急事態を告げるじゃろう。しかし、今の長官が、世界に向けて発信することを躊躇えばどうなるか」
長老は首を振った。
「いや、それ以前に、カイロスの発動自体が出来ぬかもしれぬ」
「それじゃ、カイロスの刃をニューキーツに持ち帰ったところで意味はないと」
「いや。刃と珠はサントノーレ、今のニューキーツにあってこそ力を発揮するのじゃ。持ち帰らねば、始まらぬ」
長老が空を見上げた。
東の空が白み始めている。
その光を圧倒するかのように、オーロラが空を覆っていた。
「つまり、ジュリエットにその助太刀を」
「うむ。彼女がどう動くか、わからぬ。ただ、カイロスの伝承を忘れてしまったとは思えぬ。何らかの手は打つはず」
五色の光が空一面を駆け巡り、激しく舞い続けていた。
「いよいよじゃな。その時が来た」
長老が、なんどもその言葉を繰り返した。
熱を帯びた突風が吹き抜けた。
「一刻の猶予もない」
風にあおられて、ロア・サントノーレの村から黒煙が吹き上がった。
「間に合えばよいが」
熱風の第二陣が木立を騒がせていく。