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137 一億二千万キロ

 六百年前、一般的なアギとは別に、すべてを捨て、一抹の生だけを繋いでいく道を選んだ者がいた。

 それらがここに暮らしている。

 過去を忘れ、名前までも捨て、他人と関わらずに。

 人であることさえ拒否するように。


「僕自身、どこの誰だったのか、全く記憶はないし、関心もないんです。今は、ここで泳いでいるだけ」

 イルカは周りを見回したが、他の魚や貝が声を上げる様子はない。

「人間の言葉を話すのも、何百年ぶりかなあ。男だったかどうかも忘れたし」


 いざという時のために、意思疎通の方法と、人として仮の姿を纏う機能は残されているという。

「でも、他の人はみんな、それもしたくないようですね」

 やはり魚たちは皆、水の流れに身を委ねているのみ。


「でも、ここに集まってきたということは、同じ気持ちなんだろうと思います」

 イルカの声が少し熱を帯びた。

「この空間を破壊するには、巨大なエネルギーが必要です。えっと」


 思い出そうとしているのか、イルカは体を回転させた。

「そう。エーエージーエスというのを知ってますか」



 エーエージーエスがここを維持しているのか。

 それとも、例として挙げただけなのか。


「あれが生み出すエネルギーに対抗する必要があります」

 なるほど。

 いずれにしろ、エーエージーエスに対抗できるエネルギーの持ち合わせはない。



「いろんなアギがいるんです」

 イルカが念を押すように言う。


 小さな箱に意識だけが籠って、ただただ計算を繰り返すことによって、命を保っているアギ。

 遥か彼方の宇宙空間に全意識を飛ばし続けているアギ。

 かすかな背中の痛みに意識を集中し続けているアギ。


「誰もが普通の暮らしを望んでいるわけではないし、できない人もいるんです」



 ンドペキはオーエンを思った。

 あいつもその口か……。 


「おじさんたちの目的が何であれ、申し訳ないけど、関心はないです」

 イルカはもう周りを見回そうとはしなかった。


「でも、こんなところにまで乗り込んできたということは……」

 長官に用があるのだろうというのはでまかせだが、当たらずとも遠からじ、と言いたいのだろう。


「ニューキーツの街に……」

 イルカに表情はないが、少し笑ったような気がした。

「かなり深刻な事態が起きている、ということなんでしょうね」



 ンドペキは、イルカの声を聞きながら、この水中の環境を把握しようとした。


 動きは緩慢。

 重力はそれなりにあるようで、体が浮き上がっていくことはない。

 呼吸は普通にできる。

 声も出すことはできる。

 それならば、武器を発砲することもできるはず。

 ただ、この環境を作り出している装置のエネルギーに対抗できるのか、それだけが問題なのだろう。



「帰ってくれないかな」

 イルカの声が静かに響いた。


「僕はこの空間を未来永劫継続させたい。そのために、もし条件があるなら……」



 とうとう水を向けられた。


 スゥの言葉を信じて、イルカの声に耳を傾けてきた。

 今ここで、何らかのアクションや応答をすれば、システムは新たな展開を見せるだろう。


 イルカは返事を待つように、また体を旋回させた。

 今となっては、この問いかけに応えざるを得ないのかもしれない。


 この空間を展開しているのは何らかの装置。

 そこに、アギの意識が充満している。

 いや、アギがこの装置を稼働させているのかもしれない。

 オーエンのような。



 こいつを本物のアギとして、対応するしかないのか……。

 ここがエーエージーエスのような莫大なエネルギーを使って生成されているなら……。


 地球内部から取り出されるエネルギーシステムと直結し、無尽蔵に使うことができるエーエージーエス。

 もしやエーエージーエスが。

 オーエンが。


 対抗はできない……。


 とはいえ、自分たちの目的を話すわけにはいかない。

 ンドペキは腹を括った。


「ここから出る方法は?」

 入って来た穴は、たちまち自動修復され、もう後ろを振り返っても、海底の世界が広がっているだけ。



 イルカが口を開けた。

 細かい歯が見えた。

 しかし、黙っている。


「うーん」

 予想通り、いい返事ではなかった。

「無理なんだ、と言いたいわけじゃないけど……」


 イルカが歯を見せ、笑ったように見えた。


「出入り口は、一億二千万キロ先の……」

「なに!」


 常識外の距離だ。

 ふざけたアギに弄ばれてたまるか!



 ついに、ンドペキは発砲した。

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