136 仕組まれたストーリー
少年が岩陰から出てきた。
くっ!
ふざけやがって!
少年の下半身はイルカの尾のように、ヒレがついていた。
ヒレをゆっくり捻らせながら、少年は少しずつ後ずさりしていく。
人魚のお出ましかい!
くだらぬシナリオを!
頭に血を上らせている場合ではない。
そんな反応が、敵を喜ばせる。
「ここで六百年も静かに暮らしてきたんだ」
少年がふわりと海底の砂に座り込んだ。
まるで人魚姫のように、尾をくねらせて。
「もうすぐ、他の人も来るよ。僕らの話を聞いて」
ンドペキは銃を構え直した。
「おじさんたちが何をしようとしているのか、知ってるよ。この街の長官に用があるんだよね」
やはり、侵入者である自分たち向けに仕組まれたストーリー!
「それでも破壊するというなら、仕方ないけど」
ンドペキは少年の顔に向けて、引き金を引こうとした。
と、スゥの手が伸びて、ンドペキの腕に触れた。
「待って」
緊迫した声が聞こえた。
「やめた方がいいと思う。この人、実体がある」
ンドペキは改めて少年を見つめ、ゴーグルのモードを切り替えていく。
確かに反応はある。
しかし、それがみなまやかしでも、実態があるようにゴーグルは反応するのだ。
「実体というか、存在を感じる」
「しかし」
「信用してもらうしかないんだけど、僕らはこういう生き方を選んだんだ」
少年の声が海水を伝わってくる。
「自己紹介したいけど、名前はないんだ。大昔、僕が地球上で普通に暮らしていた時のことは、一切忘れてしまったしね」
でも、今の姿を見せることはできると、少年の姿が変化した。
まさしく小さなイルカ。
それでも人の声が流れてくる。
「これが、僕が望んだ姿」
もう、海底に座ってはいない。
ちょうど目線の高さに浮かんでいる。
イルカの声が少年の声として聞こえてくる。
これがバーチャルでなくて、なんだ!
そもそもここは政府建物の中。
作られた幻影でなくて、なんだというのだ。
ンドペキはいつでも発砲できるよう、心を張りつめ、顔をこわばらせていた。
分厚いコンクリートの壁を突き崩し、穿たれた穴を通ってこの空間に入って来た。
そんな穴を開けても、バーチャル生成装置は起動している。
かなり強靭は装置であるといえる。
やみくもにエネルギー弾を放って、破壊できるものだろうか。
隊員たちも同じように銃を構えているが、判断しかねている。
後悔は募るが、なんとしてでもこの呪縛から逃れなければ。
「集まって来たよ。少しだけだけど」
むっ。
先ほど通り過ぎていった小魚の群れが戻ってきて、眼の前で群れている。
ライトに照らし出されて、銀鱗がキラキラと舞う。
「足元の二枚貝もそうだよ。上の大きな魚も」
海面近くに数匹のサメが旋回していた。
「あの岩に張り付いている貝の仲間や虫も」
少年の声が改まった。
「もう一度、お願いします。この世界を壊さないでください」
物語を口ずさむように、少年が話しだした。
でまかせ話を聞いている場合ではない。
パキトポークなら問答無用で吹き飛ばす。
しかしンドペキはイコマの意識が足かせとなり、スゥもまた、まだ手を腕に置いていた。
ふと、イコマとの意識共有が途切れていることに気づいた。
バーチャル装置によっては、共有は遮断されることを知った。
先ほどの反応は、イコマの反応ではなく、自分の反応だったのだ。
いつのまにか、自分がイコマであるという意識が生まれていたことに少し驚いた。