135 海……、の底……
作戦の出だしはまずますだった。
シェルタを出て最初に入る治安省の小部屋。
その扉を爆破し、まずは騎士団、次にパキトポーク隊、パッション隊、そしてンドペキの隊が出立した。
仮想空間が張り巡らされているのは想定内。
破壊しながら一キロメートル程は、何事もなく進んだ。
すでに、他の隊とは別行動になっている。
パキトポーク隊やパッション隊も同じような状況にあるだろう。
ンドペキは先頭を行き、怪しいと思った空間は躊躇なく爆破する。
背後には常にスゥの息遣いが聞こえる。
アヤとの別れ際、スゥはアヤを抱き締め、長官室で会おうね、と言った。
聞き耳頭巾は持ってきた方がいいかもね、とも。
彼女らしい行動だと思った。
「人が!」
小さな、緊張した声が上がった。
瓦礫の山を築きながら突き進み、特別に分厚い壁に小さな穴を穿ち、その奥に広がる暗い空間を進んでいる時だった。
いつの間にか、これまでとは全く違う景観が広がっていた。
「子供! ……か?」
シェルタを出て、それまで見せられてきた景観は、ドライな白い通路がほとんどだった。
金属的な素材や樹脂系のパネルで形作られた殺風景な廊下。
壁とほとんど同化した扉が、単調な明かりに照らしだされていた。
まさしく政府建物内に広がっているであろう光景そのもの。
本物と偽の通路の見分けはつかない。
まさに罠。
偽の通路をたどれば、どこかに導かれていき、そして始末される。
しかし今、目の前に広がっている光景は、趣が全く異なっていた。
手探りするほどの黒一色の世界。
投光器に照らし出されて、幾分青みがさす。
上部では青みが増し、小さな光の渦が揺らめいていた。
ルートを間違ったか……。
どこで……。
足元を見れば、礫交じりの砂地。
波紋が描かれている。
「海……の底……」
そんな言葉が隊員の口から漏れた。
穏やかな浅海。
バーチャルである証拠に、呼吸ができる。
ただ、水中を泳ぐように、動きは制限されている。
ここで自分たちの武器は発砲できるのか。
すぐに戻るべきだ。
しかし、一旦ここに足を踏み入れた以上、踵を返したところで戻れるものでもない。
不安が浮かんだ時である。
岩陰から男の子が顔を覗かせたのは。
ンドペキは心を固まらせ、銃を構えた。
五、六歳か。
こんなところにいるはずがない。
と、
「おじさんたち」
と、子供の口が動いた。
バーチャルな仕掛けによって出現した人間に興味はない。
撃ち抜くのみ。
「撃たないで」
と、また声。
隊員たちが投げかけるライトに照らし出されて、少年の裸の上半身が白く浮かび上がる。
夜の海の中、モノクロームの世界の中で、顔には生気がないように見えた。
「多くのアギが死ぬことになるよ」
ん?
アギという言葉に、意識の中のイコマが反応してしまった。
引き金を引くタイミングが遅れた。
「ここには、百万人ものアギが住んでいるんだ」
「う」
嘘をつくなと、声に出しそうになった。
この少年の幻影に言葉を掛ける。それはとりもなおさず、バーチャルな仕掛けに乗ることになる。
あらかじめセットされたストーリーの歯車が回り始め、罠が発動する。
「アギだけじゃないよ、マトもいるしメルキトもいる。アンドロもいるんだ。少数だけど」
海底の砂が少し舞い上がり、左方へ流れていく。
その時になって、海流を感じた。
目の前を魚の群れが横切っていった。
夜の海底は、穏やかだが、何者かが潜んでいるような気もする。
身を切るように海水は冷たいが、透明度は高く、光は遠くまで届く。
遠くの岩礁の陰影がうっすらと見えていた。