134 偽りの言葉
頭から爪先まで純白の装甲に身を包んだ戦士がシェルタに入ってくるところだった。
「スゥ」
アヤの呟きは、その姿があまりに凛々しいものだったからだろう。
そう思いたかった。
アヤに今、湧き上がっているだろうある思い。
持て余しているだろうある思い。
その思いから来た呟きではないことを祈りたかった。
イコマとの同期が完全化しない理由。
その理由にも予想がついていた。
そこにはアヤの思いが絡んでいる。
その思いの元。
想像することができる。
アヤはンドペキを、エーエージーエスから救い出してくれた東部方面攻撃隊の隊員として接してきた。
そしてスゥは、エーエージーエスに飛び込んでくれた恩人。
あの洞窟での暮らしは、その関係の上に成り立っていた。
それが、今になって。
イコマとJP01だけでなく、ンドペキもスゥも、実は六百年前に一緒に大阪で暮らした家族だといわれても、にわかには心の整理はつかないに違いない。
なにしろ、信頼や感謝や、親しみや友情といった感情以外に、アヤの態度には、かすかにではあるが特別な感情が混じっていると感じたことがあるのだ。
チョットマの自分に対する思いの陰に隠そうとはしていたが。
翻ってその感情がスゥに向かうとき、恋敵に抱く思いに繋がっていくことになる。
ンドペキは自分のこの見立てに自信を持っているわけではない。
そう感じることもあるというだけのこと。
イコマは、ンドペキが感じた印象を認めようとしなかった。
アヤはイコマとユウの養女であり、愛してやまぬ存在。
そして、ンドペキはイコマのクローン。
生まれては消える小さな感情であっても、男女の好意というようなデリケートな部分で相違があれば、意識の一体化は不完全なものにならざるを得ない。
スゥが周囲の視線を集めながら、近づいてくる。
視線を戻し、ンドペキはアヤの耳にささやいた。
「アヤちゃん、僕自身の気持ちはって言ったよね。僕はンドペキでもあるけど、生駒延治なんだよ。福島のマンションで一緒に暮らしてた」
ンドペキは偽りの言葉を口にした。
「一体化してるんだ。意識も感情も。おじさんと呼ばれるなら、こんなにうれしいことはないよ」
そして、装甲をはめたままの手で、アヤの頭をこつこつと叩いた。
「お父さんと呼ばれてもね」
「うん……」
スゥにそんな話をしたことはない。
彼女は彼女なりに、ユウの意識と闘いながら、自分の意識としての落としどころを探しているだろう。
気持ちの上でどう決着をつけるのか、それはスゥ自身が決めること。
自分はどうか。
今、アヤには、イコマと同期しているのだから、もちろん娘として喜んで迎えると伝えた。
しかし、それは本当に心の底から出てきた気持なのか……。
突き詰めれば……。
自信はなかった。
そうありたいという気持ちに偽りはない。
ただ、イコマと全く同じ気持ちでアヤと接することができるか、という面では。
そうしなければいけない、という観念があるのではないか。
かつてそうしていたのだから、という思い込みに支配されているのではないか。
そうしなければアヤを悲しませることになるから、というどこか背伸びした気持ちがあるのではないか。
なにしろ、六百年も前の関係を再構築しようとしているのだ。
そんな悩みがあること自体、己の気持ちに嘘をつくことになるのではないか。
まだ答は出ない。
出せない。
アヤにもスゥにも、この葛藤を話すわけにはいかない。
イコマと自分の意識の完全一体化は、もう実現しないだろう。
きっと。
同期してはいるものの、人格としては別。
いっそのこと、これをはっきりさせおく方が、互いに幸せなのではないか、とも思っていた。