131 小さな嫉妬
会議を終え、全員が散ったが、ンドペキは席を離れなかった。
総指揮官が、うろうろ歩き回るべきではない。
アヤがこちらを見ている。
疲れているように見えたし、迷っているようにも見えた。
話があるのだ。
きっと、あの話が。
ンドペキは顔をほころばせた。
アヤがそれに応えて笑みを見せ、近づいてきた。
「話があるんだけど」
大切な作戦の前に話し合うようなことではない。
しかしアヤにしてみれば、本人と直接話すのは、今しかないと思うだろう。
「家族のことなんだけど」
彼女はイコマには伝えてある。
つまり、ンドペキにも伝わっている。
それをアヤ自身、頭では理解しているつもりでも、本人の顔を見ながら話しておきたいのだろう。
ンドペキとイコマの意識の共有。
アヤにとって、それがどんな感覚なのか漠然としているだろうし、ンドペキ自身の感情がどんな反応をするのか、不安でもあったのだろう。
ンドペキは笑っているだけで、何も言わなかった。
アヤが周りを見回した。
誰もこちらを気にしているようではない。
「おじさん、えっと、私のお父さんは、ンドペキ……、いいかな……」
イコマを父として接していくか、ンドペキを父として暮らしていくか。
その課題に対し、アヤなりに出した答はンドペキを選ぶというものだった。
ひいてはスゥを、母として接することになる。
彼女がそう決めた理由は、様々にあるだろう。
しかし、最大の理由ははっきりしている。
アギのイコマ、順番が回ってくればパリサイドの体を得るイコマと、パリサイドのユウと暮らしていくには、彼女の身体の仕組みが違いすぎる。
末永く暮らしていくうえで様々な支障が生じるだろう。
足手まといにはなりたくない、ということだった。
「迷惑じゃないかな……」
「迷惑! まさか! あり得ないよ! うれしいだけじゃないか!」
「うん、ありがとう。でも……」
アヤは笑みを見せたが、不安も覗く。
「ンドペキ自身としても? こんな聞き方、いい? わからないけど……」
彼女には、そう聞いてみるしかないのだ。
それがイコマとしての感情なのか、ンドペキ自身の感覚なのか、知りたいのだ。
この話はもう少し後でしたいと思っていたが、仕方がない。
「作戦、始まるでしょ。こんな時だけど、どうしても聞いてみたくて……」
またアヤが、辺りを見回した。
フライングアイはパキトポークと話し込んでいる。
「気になる?」
「うん」
気になるかと聞いたのは、時間稼ぎである。
どう応えれば、アヤは満足するのだろう。
わからなかった。
不用意な言葉では、アヤは傷ついてしまう。
なにしろ聞き耳頭巾の使い手。
誰よりも感受性は鋭い。
どうすればアヤを安心させ、喜ばせることができるだろう。
上手い解答は、すぐには出てこない。
黙っていることを気にして、「ごめんなさい。こんなときに」とアヤが謝った。
「ううん、いいんだ。話してくれてうれしいよ」
アヤとこの話をする前に、スゥとしておきたかった。
そして、アヤとはスゥがいないときに。
スゥに対してアヤが抱いている感情について、実はまだ自信がなかった。
心の底から昔のように、「ユウお姉さん」と呼べるだろうかと。
そして、その逆も。
案の定、
「スゥはどうするんだろ」と、アヤが言った。
「作戦に同行するつもりかなあ」
などと、遠回しに聞いてくる。
作戦への同行。
つまり、ンドペキとスゥが行動を共にすること。
これにアヤが気持ちを乱すかもしれない、とは思っていた。
嫉妬。
しかし、スゥを置いていくことはできなかったし、スゥ自身がそれを許さない。
かといって、アヤを連れて行くのは無謀。
「どこ、行ったの?」
「もともと、クシの死体回収に行くつもりの装備しか持ってなかったからね」
「そう……」
「フル装備してくるんだってさ」
アヤには納得してもらうしかない。
「私も行きたいんだけど……、だめ……、だよね」
「アヤちゃんにはアヤちゃんの仕事があるよ」
「……わかってる」
戦闘能力の高くないアヤが同行しても、役に立てることはない。
たとえ聞き耳頭巾の布を携行していたとしても、いきなり激しい戦闘になる場面では、その力を発揮するチャンスはない。
それがわからないアヤではない。
「実は、アヤちゃんにはもう一つ任務がある」
「え、そうなの?」
ンドペキは迷っていたが、言ってしまおうという気になった。