130 パークトレー
パークトレー。
現前に広がる光景がバーチャルなのか、現実に存在するものかを見分ける装置。
リモコンのような小さな板状で、スイッチを押せば、特殊な微粒子が飛び散る。
一定以上の質量を持った物質に当たれば、微粒子は緑色の光を放ち、バーチャルな光景を作り出す電荷を帯びた微粒子に当たればオレンジ色に光る。
現実の空間形状が緑色に浮かび上がり、仮想で見せられているものはオレンジ色に浮かび上がるというわけだ。
イコマがチョットマと行動を共にし、ブラインドされた城壁の前で見たもの。
政府建物内に、そんな光景が、あるいは全く違う種類の光景だろうが、バーチャルな罠が仕掛けられていると考えたほうがいい。
シェルタを出た瞬間から、その罠に突入していくことになるのは間違いない。
騎士団がここに篭っていることは知られているだろう。
タールツー軍は攻め入っては来ないが、騎士団が出て来れないように、罠を仕掛ける時間はたっぷりあったのだ。
ンドペキ達は、ドトーと分かれるや否や、一歩も進めない状況に陥ることになるかもしれない。
それでもンドペキは、楽観していた。
こちらに向かっているイコマと、まもなく合流することができる。
フライングアイの目には、仮想的に造られたものは見えないと分かったからである。
フライングアイはパキトポークに持たせるつもりだ。
パキトポークは固辞するだろうが、その方が圧倒的に都合がいい。
政府建物内で、イコマとンドペキの意識が同期しないということはないだろう。
互いに、状況を把握できる。
フライングアイが同道すれば、パキトポークの隊は何とかなる。
自分が率いる隊は、前方の光景すべてを破壊しながら進めばいい。
現実のものか、仮想景だろうが、構う必要はない。
バーチャルな光景は、機械的な仕掛けによって造られている。その生成装置ごと吹き飛ばしてしまえばいいだけのこと。
このシェルタにパキトポークが来れたのも、そうやってあの階段室ごと爆破してきたのだから。
ただ、難問もある。
そこに、人がいた場合だ。
それが実存の人間か、仮想の人間か、見分けがつかない。
まさにそれがタールツーかもしれない。どうすればいいだろう。
時と場合による。今、考えていても仕方がない。
きっと、肉片さえも残らない攻撃をお見舞いすることになるだろうとは思いつつ。
その問題を分かっていて、パキトポークは、執拗にパークトレー装置に拘っているのだった。
タールツーの容姿は頭に叩き込んである。
かなり古いものだったが、騎士団が持っているデータベースにそれがあった。
中肉中背で肌は黄色く赤みがかっている。
髪は黒髪で刈り上げ。
黒い大きな瞳が魅力的で小顔。
顔の造りはかなり美人の部類に入るが、かといってアンドロらしく、特徴がないことが特徴だともいえる。
今もその姿をしているとは限らない。
自分達マトやメルキトがそうであるように、再生を繰り返すうちにアンドロも容姿は変化していく。
タールツーは、職員の前にさえ姿を見せないことで知られている。
ドトーもこの目で見たことはないという。
今、どんな顔をしているのか、誰にも分からなかった。
どうやって本人確認をすればいいのか。
この問題に対してパキトポークは、怪しいと思ったやつは全部殺せばいいんだろ、と笑う。
実際、それしか方法はないのだろう、とンドペキも思う。
死体を鑑定できる程度に頼むぞ、というしかなかった。
「これで解散する。時刻きっかりにここを一緒に出発する。いいですね」
ンドペキはドトーに、押さなくてもよい念を押した。
勝手に作戦行動に移られては困る。
「あなた方を政府建物に導くのが、我々がレイチェル閣下から受けた指示です。そして可能な限り、援護もさせていただきます」
ドトーが、またレイチェルの、つまりチョットマのでまかせの言葉を引き合いに出した。
作戦会議に出ていた各隊の幹部が、一斉に立ち上がった。
出立までにするべきことがたくさんある。
特に、攻撃隊の隊員達にとっては、スゥのあの洞窟に篭って以来、念願の正面作戦である。
マルコやミルコが、やってやるぞというように、腕を振り回した。
ドトーが立ち上がった。
そして驚いたことに、握手を求めてきた。
「先ほどは失礼した。では、貴下の成功を祈ります」
もうパキトポークは無言だったし、ンドペキも何も言わなかった。
ドトーの、あくまで別行動だという言い方にかすかに一矢報いるため、不自然だと伝わる程度に強く握り返した。