123 演舞のように美しく
「各隊! 手はずどおり、それぞれ出立してください! 傍受の恐れがあるので、今後、緊急時以外の通信は控えてください!」
そんな指示を飛ばして、チョットマはシルバックのチームに合流し、街へ走り出た。
夜、通りに人の姿は少ない。
相変わらず、空気が異常な熱を帯びている。
各隊が、それぞれのルート、いくつかの通りを疾駆していく。
タールツーの兵と遭遇することはない。
午前零時。
政府建物の正門にも部隊を配置し終えた。
向かう先はブロンクス通り。
ニューキーツの街の最北端。
東西に伸びる延長三百メートルばかりの細街路。
ここに、ブラインドエリアの玄関口となっている建物が立ち並んでいる。
各隊は、それぞれの目的地である門への扉を、自分達の責任で開き、ブラインドエリアに突入することになっている。
先遣隊の報告どおり、ブロンクス通りには人っ子ひとりいない。
ここから北に向かう道はない。
五、六階程度の低層ビルが、隙間なく並んでいる。
いずれにも古ぼけて、照明の灯る窓はない。
長く使われたことがないのだろう。汚れの浮き出たコンクリートが、あちこちで欠け落ちている。
黒々とした表情を見せるビル。
星明りに照らされ、通り全体を陰鬱な雰囲気で包んでいた。
これだな。
無言のうちに、シルバック率いるチームが、ひとつのビルの前に集結した。
シルバックの合図で、隊員のエネルギー銃が火を噴いた。
扉は周辺の壁を巻き込んで、跡形もなく消滅し、ぽっかりと黒い口を開けた。
隊員たちに力が漲るのが感じられる。
先頭になって飛び込んでいくシルバック。
遅れまいと続く者達。
長くエリアREFに住んでいた兵もいるが、心は失っていない。いずれも勇敢な者たちだ。
次の瞬間、真っ暗な闇に包まれた。
と思ったのも束の間、真っ白な空間に放り出されていた。
シルバックが振り返った。
全員揃っているのをすばやく確認すると、すぐさま走り出した。
右前方六十度の方向に伸びる赤い光線に沿って。
瞬時に反応する隊員達。
一列になって、シルバックを追う。
腰の付近を水平に飛んでいる光線に触れないように。
濃霧の中を。
チョットマの頭の中には、シルバックが向かう門への道程も、他のチームがとるルートも入っている。
計算上は、各隊が交差する地点がいくつかある。
しかし、この濃霧の中で出会うことはまずないだろう。
そもそもこのバーチャルな仕掛けの中に、そんなイベントは用意されていないだろう。
三百十五メートル先を、シルバックは左に折れるはず。
果たして、隊員たちの縦列は列を保ったまま、交差する光線を飛び越し、綺麗に左へ旋回した。
そしてすぐさま、パスする光線を飛び越していく。
先頭のシルバックからしんがりのチョットマまで、十八名。
シルバックは全員で門まで到達すると決断を下していた。
チョットマもそれに異を唱えなかった。
霧がもう少し濃ければ、最後尾から十八名を数えることはできなかったかもしれない。
霧は流れるわけでもなく、ガラス瓶に無理やり閉じ込められたかのように、一定の密度で空間を覆い尽くしている。
赤い光線は頼りないほど細いが、霧の中でもひときわ目立つ。
かつ、光線の交差部では小さいながらも、黄色い光が強く光っていた。
再び隊列が左旋回し、連続的にジャンプを繰り返している。
まるで、何度も練習してきた団体演舞のように美しく。
口を開く者はない。
緊張感が漲っている。
そして、気持ちのいい高揚感。
待ちに待った作戦行動の開始。
ハートマーク作戦。
数時間後にはンドペキらが突入する。
いつこの濃霧が崩れ、何者かが襲ってくるかもしれないバーチャルな空間を、一糸乱れず疾駆していく。
ジャンプの後、降り立つ地面がないかもしれない白い闇を。
隊員達の心に、恐怖が忍び込まないとも限らないが、その隙を与えることなくシルバックは走り続ける。