117 リラックスしている証拠
「でも、この小部屋の会話そのものは傍受されるだろ。政府のシステムを使ってるんだから」
「そこも、少しだけ細工した」
「どんな?」
「この前まで、システムに侵入して、別の会話を聞かせることにしてたんやけど、いっそのこと、無かったことにしてしまえ、ってことに」
「つまり?」
「アヤちゃん、それからノブの大好きなチョットマがアクセスしてきた場合、パリサイド側のバーチャル生成装置に繋がるように変えてん」
「パリサイドの装置?」
「急いで作ってんで。私は元々、政府のシステムを経由してないけど、アヤちゃんとチョットマの場合は、自働的に切り替えることにしてん」
政府のシステムに残るアクセス記録は、エラーという記号だけだという。
「なるほど。それにしても、パリサイドってのはすごいな」
「すごい? というより、宇宙空間で生きていくために、技術は急速に発展した。肉体も変えざるを得なかった、ということ」
思い出した。
ユウが以前、パリサイドの身体を、呪われたと表現したことを。
しかし、今それを問い直すつもりはない。
きっと深すぎる話になる。
時間がいくらあっても足りなくなる。
パリサイドのコロニーを思い浮かべた。
三カ月前、シリー川の会談のとき、ちらと見たのは、森の中に木造の建物がパラパラ建っているだけだった。
カイラルーシのコロニーもよく似たもの。
もっと大規模で、高度な技術を駆使できるコロニーがあるのだろうか。
「どの街のコロニー? そんな大層な装置を造ったのは」
「はあ?」
ユウが、目を剥いた。
「ノブ、しっかりしてよ! あるわけないやん!」
ユウは今日はのっけから大阪イントネーション。
リラックスしている証拠。
「だから説明してくれ」
「はあ!」
しかし、今まさに、政府建物への侵攻作戦が開始される。
アヤも、自分の仕事に取り掛からなくてはいけない。
のんびりと技術談を交わしているときではない。
気持ちは急くが、やはり聞いておきたかった。
ユウも同じなのだろう。
早口でまくし立てる。
「あそこは私達が住んでるだけやん! 本体は、パリサイドの中枢は、別のところにあるねやんか!」
「あ、そうか。エネルギーも情報も、自由に空間を結べるんやったら」
「そういうこと!」
ユウが、コーヒーをがりと飲んだ。
「ついでに言うと、私達が地球に戻ってきた本当の理由。ノブやアヤちゃんの救出。ひいては地球人類の救出」
「ん、ま、そうなんだろうな」
アギにパリサイドの肉体を与えていくというプラン。
それは紛れもなく、その目的の一環。
「なぜ私達が、地球の各街の近くにコロニーを構えたか。また地球に住みたいです、ていうだけやったら、そんなふうに分散する必要ないやん」
「うん。今や、無人の荒野も、鳥しか生息してない無人島もいくらでもあるしな」
「そういうこと。地球人類を監視したり、脅しをかけたりするためでもない」
ますますユウは早口になる。
すでに、パリサイド側は準備完了。
地球人類を受け入れるための空間も、必要な物資も。
後は、その時を待つだけ。
実は、アギのパリサイドには、既にある働きかけを始めているという。
「ということで、情報が漏れる漏れないということに関しては、もう何の遠慮も要らないよ」
「助かるな」
「なに言うてるん! ついでに言うとくと、エリアREFのンドペキの作戦室の隣にある寝室。あそこもノブの部屋と同様に、すべての通信を遮断しといた」
「そうなの!」と、アヤが目を輝かせた。
「政府やアンドロ軍に聞かれたくない重要な打ち合わせは、そこですればいいよ。あ、そうそう。フライングアイも安全。完全に。ノブだけやけど」
装置としてのフライングアイは、政府のシステムで作られたものだから、エネルギーはその仕様のまま。
ただ情報は、パリサイドのシステム経由に切り替えたというわけだ。
「だから、電力が遮断されたら、フライングアイも落ちる。だけど、メインブレイン同様、何を考えようが、話そうが、大丈夫ってこと」
「ということで」
と、ユウが話を切り替えた。
「アヤちゃんの話は? 聞かせて。当面の動きは?」
すでにアヤは、そわそわしていた。