116 やっぱりこっちの方が、楽しいし
しばらくして、今度はコンフェッションボックスからアヤが入ってきた。
「やっぱりこっちの方が、楽しいし」
と、自分の指定席に座った。
大阪福島のマンションの一室、アヤお気に入りの白いチェア。
「私の故郷」
椅子の背を股に入れて。
「目玉親父じゃ、味気ないか」
「まあね。今みたいな時は、特にね」
互いに顔を見ながら話したい。
当然のことだ。
例によって、念のためまずは四方山話。
街の上空に展開していたパリサイドが、最近、撤収したみたいだね、とか。
店で売られているパンが、なんとなく美味しくなったような気がする、とか。
イコマはアヤのために、コーヒーを入れた。
「わあ、いい匂い!」
と、ユウが部屋に入ってきた。
「お、これは珍しい。示し合わせたのか?」
数週間前まで、ユウはコンフェッションボックス経由で会いに来てくれていたが、ここしばらくはエリアREFの部屋が家族の部屋だった。
諜報機関から傍受されないことになっているとはいっても、なんとなく不安があったからだ。
「ユウもコーヒー?」
「ありがと」
「もう絶対に大丈夫」
ユウが胸を張った。
「ノブの思考は、完全に切り離した」
「うれしいね。でも、どうやって?」
「アギの思考システムはパリサイドが運営することにしてん。それを経由して、政府の諜報システムに繋がってる。そこからノブの分は抜いておくことにしたんよ。もちろん秘密裏にね」
「僕の思考は、ニューキーツにあるんじゃないけど?」
「うん、世界中のシステムをね。かなり時間、掛かったけど、やっと、って感じ」
「それって……」
「地球人類に対する敵対行為?」
「普通、どう考えても、そういうことになるよな」
アギ自身、そしてアギに繋がるすべての思考、つまり膨大な情報をパリサイドが乗っ取ったということになる。
しかも、その中から選別した情報を地球人類に渡す、とは。
さらに、そうなっていることを、地球人類側は知らないときている。
「まあね。でも、違うよ。人類を助けるため」
「もちろん、そうなんだろうけど」
「じゃ、簡単に説明する?」
アギの思考を司るシステムのデータベースに、海や水系を使うアイデアはすばらしかった。
でも、そのシステムを動かすエネルギーシステムは脆弱なまま。
地球の中心部にいくらでもあるエネルギーを使っていても、それを送るのは、相も変わらず送電線なんて、陳腐すぎて。
「昔さ、宇宙の暗黒物質とか、暗黒エネルギーとか、言われてたもの。その一端が分かったことで、私達は宇宙空間を自由に旅することができた」
「ああ」
「もうひとつ、宇宙には無限の時空があるやんか。今ここにも、無数の次元が存在していて、それらは何らかの接点を持って繋がってる」
「多次元宇宙論ってのが、もてはやされた時代があったな」
「そう。そこを介してエネルギーを送ればいいねやんか。本当はエネルギーだけ違ごて、情報もね」
「なるほど。地球人類にはまだ難しい技術だな」
「もっと言えば、そこからエネルギーを得ることもできるやんか。それこそ無尽蔵のエネルギー。人類が使うエネルギーの量なんて、宇宙規模で言えば、無いのと同じ」
「わかった。アギの思考については、そういう方法で、システムダウンだけは免れることになったんだな」
「まあね。でも、まだ。エネルギーシステムの方は着手したばかり。全面移行はまだ先」
もっと聞きたいことはある。
どんなケースで、アギの思考は停止するのか。