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さて、ようやく収集がつきそう。次こそは、完結してみせます!

 藤田りな、168cm、体重55kg。ごくごく標準体型の私だが、確かにモデルになれるくらいの身長は持っている。だけど、見た目は結構地味だと自覚している。そんな私がなぜか、かの有名な加藤の兄の専属モデルに勧誘されている。しかもその婚約者によって。

 専属モデルというのは、つまり加藤の実家のヘアサロンが行うファッションイベントなんかに出るモデルのことらしい。

「孝之がね、黒髪のモデルが欲しいって言ってたのよね。それで、りなちゃん結構かわいい方だし、ちょうどいいんじゃないかって」

 あまりに口がつけられていないミルクが冷めてくる。急にそんな申し出をされても、という感じだ。私には江梨子さんが何を言っているのか、整理できていなかった。立ち上がったままの加藤が、ローテーブルにダン! と手をつく。

「ふざけるな! こいつの髪は俺が切るって先約があるんだよ!」

 そうだった。加藤兄のモデルになるということは、兄以外の鋏が入ることは許されないということだ。

「そうなんです。江梨子さん。私は、加藤君と約束がありまして」

「ヘアアレンジだけでもいいって言ったら?」

「江梨子さん!」

 加藤が、いい加減にしてくれと言うように咎める。加藤とは約束していたけれど、江梨子さんはどうして私を推してくれるのだろう。黒髪の高身長女子なんて結構いるじゃないか。

「あの、一つ聞いてもいいですか。何で私なんですか?」

「りなちゃん、これまで一度も髪染めたことがないでしょう。美容師だからね、わかるの。そういう子って条件の合う子があまりいなくて。でも一番は多分、孝之の好みだから、かな」

 だとすると、江梨子さんは加藤兄の好みではないということなのだろうか。私の容姿は、江梨子さんの容姿とは正反対だ。表情を読まれたのか、江梨子さんはふふふ、と微笑む。

「これでも、孝之を落とすの頑張ったのよ」

 パチンとウィンク。うわ、このひと魔性の女だ。柔らかい雰囲気をもっていながら、挑戦的にウィンクされたら同性の私でもドキリとしてしまう。

 専属モデルの話は、すぐに返事はしなくても良いと言われたので、しばらく考えることにした。加藤にはなんだか悪いけれど、すぐに返事をできないでいたら江梨子さんに丸め込まれた感じだ。そのせいか、私とともに店を出ても加藤は始終機嫌が良くなかった。なんとなく、加藤は兄と張り合うきらいがある気がしていたのでそれは当然のように思えた。

「藤田、モデルやるのか」

「加藤はさ、兄の手が入った髪に上書きするのは嫌なのか?」

 図星らしい。表情から読み取り易いやつだ。加藤はなにか難しい顔をしていたが、暫くするとポツリポツリと語りだした。

「江梨子さんの店さ。スッゲー好きなんだよ。外見とか、お客さんも。でも、結婚しちまったら畳むんだって。だから俺が継ぐって言ったら、兄貴の弟である以上、有名になった時に兄貴が認められるレベルになってねーとダメだって言われて。だから、俺の実力だけで認められなきゃ嫌なんだよ」

 そんな事情があったとは。確かに、江梨子さんのお店は小さいながらに落ち着いたナチュラルな雰囲気を出していて、暖かい雰囲気が素敵だ。

「送ってく」

 加藤は自転車を押して歩こうとした。それをごく自然に断る。

「ここの近くだし、大丈夫。すぐそこだから。それより、加藤は早く帰って明日は学校にくること!」

「なっ」

 相手の羞恥心を煽り、足止め。からの、逃走。完璧だ。もはや追いつかれまい。だけど、早足から小走りに切り替えて、角を曲がろうとしたその時、ガシッと腕を掴まれた。

「まて」

 加藤の予想外の行動に驚いたのと、混乱で振り切れず立ち止まる。あれ、今すごくナチュラルで何も問題なかったはずだ。なぜ失敗したんだ?

「俺、お前が一人暮らししてるの知ってる」

「何言って……」

 どうして加藤が。考えてハッとする。江梨子さんの美容室って、確かちょうどうちのアパートがある方向に大きな窓がなかったか。そこから、うちってちょうど見えるのではないか。

「毎日ポスト覗いて、ちょっと暗い顔して家でてるのも。あと、たまにベランダとかで空眺める癖あんのな」

「ストーカー!?」

 何で加藤がそこまで知っているのだろう。

「ばっか、ちげえ。お前、春休みくらいからこっちにいるだろ。徹夜して練習した朝とか、嫌でも見ちまうんだよ。最初はベランダで洗濯物干してるときだった」

 加藤によると毎日見かけるようになって自然と目で追っていたという。洗濯物の中に、今の学校の制服があり、同じ高校の生徒であると気づいたらしい。

「てか! 洗濯物見ないでよ!!」

「だから、ちょうど見えるんだっつてるだろ! まあ、まさか同学年とは思わなかったけどよ。なんつうか、珍しいと思ったんだよ。高校生で一人暮らしって、さ」

 なんで、なんだこれ。加藤に忌まわしい過去の一変を覗き見されたような気がして落ち着かない。いや、考え直せ。母親がちょっと忙しいだけだと言えばいいだけじゃないか。

「お母さん、前いた所で仕事忙しくて。それで私だけ転校してきただけだよ」

「……そうか。夜道は暗いから危ない。お前でもな。送らせろよ」

 加藤はそれ以上聞いてこなかった。そういうところは妙に勘がいいのか、無理に聞き出そうとしない。空がうっすら白んできた頃、加藤は自転車に乗り帰っていった。始発の電車はまだだが、いつもどこで寝ているのだろう。


 また夢だ。近頃よくあの夢を見る。センセイとのことがバレて、友達だった人達はみんな離れていった。お母さんにも見放されて、お義父さんには軽蔑した眼差しで見られた。何で、どうして。私はずっと寂しかっただけなのに。だから、先生が優しくしてくれたから夢中になったんじゃない。私が信じられるのはセンセイだけになった。だけど、センセイにはもっと大事な人たちがいたんだ。センセイには守るべきものがあった。だから、私は自分から捨てられるように仕向けた。センセイには、沢山もらったからこれ以上迷惑はかけたくなかった。センセイは何度も謝ってくれて、一緒に居てくれると言ったけど、私にはセンセイに家族を捨てて欲しくなかった。捨てられた家族の気持ちを沢山知っているから。

「はっ……はっ……センセイ……」

 目覚めたら泣いていた。酷い夢だ。春休みはそんなに酷くなかったのに。加藤が、あんなことを言うからだ。


「おはよ」

「おー、おはよう。髪型は決まったか」

「まだ」

「加藤くん、りなちゃんおはよう」

 またいつもの会話だ。遅れて円が登校してくる。最近、円の彼氏が同じクラスの男子であるということを知った。クラスだけでなく、学校中で人気のある相手であったので驚いた。本人たちも茶化されるのが嫌なので、途中で裏道に入って別れて来るのだという。気づけないわけだ。それで、円とはいつも玄関でしか会えないのだった。

 なんとなく、加藤と会話するのが気まずい。でも、それさえも悟られたくなくて(加藤は妙なところで鋭いから)一生懸命繕う。大丈夫、上手くいっているようだ。元々表情に乏しいので、あまりわからないのだろう。

「あっ。予鈴! 早くしないと遅刻するよー」

 円が走っていく。起きたばかりでそんな気にもなれない私は加藤の背中をぼんやり眺めながら教室へと向かう。と、加藤が突然立ち止まるので思いっきりその猫背で大きな背中に顔面強打してしまう。

「へぶっ」

「藤田、お前目が赤い。泣いたか?」

 振り返って一言。ゆ、油断してた……!

「花粉症だっての」

 ズビ、と鼻を啜る真似。これで誤魔化せればいいのだけど。加藤は何も言わずにそのまま進む。と、向かう先は体育館の方向だ。

「サボるの?」

「お前もな」

「は? え、ちょっと! 加藤!!」

 いつかみたいに、無理やり腕を引かれる。ああ、そういやこの学校屋上は閉鎖されてるんだっけ。ぼんやりそんなことを考えていると、体育館裏についた。加藤は一体何がしたいのだろうか。

 加藤は背を向けて歩いていたのを、こちらに向き直り、引っ張られていたた腕がようやく解放される。キンコーンと本鈴がなってしまった。もう、完璧に遅刻だ。

「ちょっとー、遅刻したじゃんよ」

 加藤は何も言わない。私の手は無理矢理に引かれることはなくなったけれど、まだ掴まれたままで抵抗できない。とその手が離されたかと思えば、目元に添えられた。

「目の淵赤くしてんじゃねえよ。何があった、言え」

 ちょっと、戸惑いすぎてどう反応していいかわからない。夢で泣いたとか話せたらいいんだけど、それでは余計なことまで話す必要があって、嫌われてしまうだろうから必死に取り繕うしかない。

「だから、花粉症だっての。こすると赤くなるじゃん」

 声が震えないように。目が泳がないように。顔が引きつらないように。私は結構、本性を隠すのが上手いつもりだ。大抵の人はこれで騙されてくれる。

「あいにく俺も花粉症なんだが、この時期はピークじゃねえんだよ」

 触れていた手が下ろされる。今度は、両手で肩をガシッと掴まれた。

「何で嘘つくんだよ? 俺、結構お前のことわかってるつもりなんだけど!」

 揺さぶられる。ああ、ごめんね加藤。私はその気持ちには応えられないんだ。過去のことは、墓場まで持っていくつもりだから。センセイのことは、私だけの思い出にするつもりだから。どうしてだろう、視界が滲んでくる。決めたじゃないか、私はこれでいいって。悲しみを背負ってれば満足だって。

「おい、藤田? 泣いてるのか」

「違う、これは目から出た汗だ」

 ダメだ、もう声も震えてしまっている。これ以上優しくされたら、もう大声を上げて泣いてしまいそうだ。そして、何かに気づいてしまいそうだ。それだけはダメなんだ。私はもう十分に痛い目にあったし、一生分の愛をもらったから、これは大事に取っておかなきゃいけないんだ。

 だけど、加藤は逃がしてくれなくて。その胸に抱かれていると気づいたときにはもう、あっちりホールドされていて。

「なあ、吐き出しちまえよ、藤田。俺が全部受け止める。大丈夫だ、嫌いになったりしない。惚れてるんだよ、お前に」

 そう言われた。そう言われてしまった。私の心の扉は開かれてしまった。だけど、私は償わなくてはならない。私が傷付けてしまった多くの人々のためにも。だから、私が幸せになってはいけないのだ。それには、これしかない。加藤に嫌われるかもしれない。いや、むしろ今は嫌われるしか方法がない。だから、私は決めた。

「加藤。私、お兄さんの専属モデルになるって決めたんだ」

 加藤の腕が離れて行く。その手が、震えているのがわかった。顔には、絶望が浮かんでいる。ああ、ごめんなさい。でも、私はあなたと幸せになる資格なんてないの。だから、もっとふさわしい人と幸せになってね。だから、私はあなたと距離を取るよ。一番嫌われることをして。

「嘘……だよな」

 流石の加藤も表情に余裕がない。青ざめている。それは、友人としての約束さえも破綻したということをよく表していた。私は加藤を裏切ったことになる。必死に笑顔を作る。より残酷に見えるよう、より加藤を傷付けるよう。

「ホント。私、モデルとかやってみたかったし」

 加藤の表情が更に絶望したものとなる。しかし、すぐに怒りを露わにした。

「じゃあ! じゃあ何で泣いてるんだよ! そこまでして自分を誤魔化したいかよ!」

 ああ、彼は全部お見通しなんだ。私のこと、よくわかってくれているのだ。センセイは愛をくれたけど、こんな風に叱責はしてくれなかったな。

「だって、加藤が逃げ道くれないから。私はこういう選択肢を選ぶよ。ごめんね」

 加藤から一歩ずつ距離を取る。加藤自身、動けずにいるようで助かる。その顔が何かを堪える様に歪んでいる。

「謝るなよ。謝らないでくれよ」

「私、モデルとして大物になるよ、だから加藤も頑張って。そしたらいつか、仕事で一緒に歩けるよ」

 私と加藤はもう、友達に戻れないから。恋人にもなれないから。だから、私は仲間になるという選択肢を与えた。例え望んだ形と違っても、加藤とまた歩けるように。

「頑張ってお兄さんから私を奪ってよ」

 加藤が離れていく。さようなら。また一緒になれる日が来ればいいね。その時は、私の贖罪も少しは軽くなっているといいな。


 その日は学校には行かず、すぐに江梨子さんの店に行った。加藤兄と挨拶を交わし、江梨子さんの予想通りすぐにモデルとして起用されることとなった。住んでいたアパートは加藤兄の店の近所に引越し、クラスの違う加藤とは本格的に疎遠になっていった。円はそんな私たちのことについては何も聞かなかった。

 私は、幸い化粧栄えする顔立ちだったらしく、加藤孝之の専属モデルとして活動し始めると瞬く間に人気が広がり、その後モデルの仕事のオファーが増えた。そして、ついに有名な名前のショーのランウェイに登場することとなる。それは、私が高校3年の冬のことだった。


 卒業式。実はもうしばらく連絡が取れていないので、もちろん両親は出席していない。それでも学費だけは収めてくれたので感謝しなければ。私は大学に進学し、バイトがてらタレント事務所に所属して加藤孝之専属のモデルとして活動を続けることが決まった。

 円とは、沢山写真を撮った。クラスの人とも。それなりに充実した三年間だった。卒業式も終わり、お開きムードになって来た。私は担任と話し込んでいて、遅くまで一人教室に残っていた。誰もいない廊下を歩いていると、背後から肩をガシッと掴まれる。時が経っても忘れない、加藤の手の感触だ。

「まて」

 無言で振り向く。あの頃と違い、髪は短い。ロン毛じゃなくなっているその姿は何度か見かけたことはあった。

「俺、江梨子さんの店継いだ。待ってろ、迎えに行く」

 抑えきれずに眉根が寄ってしまう。私はどうも、加藤の前では上手く取り繕えないのだ。そのまま、背を向けて歩き出す。そうか、やっと孝之さんに認めてもらえたのか。よかったね。だけど、そんなことを言える資格はない自分が嫌だった。自分で決めたことではあるけれど、今日までこの胸は激しく痛むばかりだった。それは、今も変わらない。ああ、センセイ。私はもうあなただけを思っていることができなくなりました。贖罪したいのに、あの男が邪魔するんです。

 溢れてくる嗚咽が廊下に響かぬように声を殺すのは、胸の痛みと同調して息苦しかった。


 



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