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結局、まだ終わらなかった。前回と同じくらい書いたので一旦あげます。

「おはよ」

「おはよう、髪型決まったか?」

「まだ」

 そんな会話が続く毎日。私が初めて加藤と出会い、円と友達になった日から二週間が経とうとしていた。流石に催促されるかなと思っていたが、加藤は気を遣ってくれているのか、何も言わなかった。その優しさがありがたかった。だから、ちょっとだけ甘えることにした。

 その日は、円と加藤と昼食を食べた。最近は円や加藤がいるから、一人で昼食なんてことはなくなっている。誰かと食べる昼食なんて何年ぶりなのだろう。やはり誰かとする食事は良い。味気ない気がしていた弁当がいつもの数倍は美味しい。ここが屋上ならば最高なのに。

「何か、屋上とかで食べたい気分だね」

 円も同じ気持ちでいてくれたらしい。嬉しくてつい、頬が緩む。右隣に座る加藤に、箸の裏で頬をつつかれた。

「キモい顔してんじゃねえ」

「んにすんのよー! 大体、なんであんたいるわけ!?」

 ぎゃあぎゃあ喚きながら加藤の方を見ると、案外近くに顔があって、ドキッとする。そう、加藤のことを眼光鋭いとか、目つきが悪いとか散々表現してきたが、それは視点を変えれば涼やかな目元をしているということなのである。しかも、これが結構整ってらっしゃる。それが、予想に反して真剣な眼差しを向けてきたら、それは誰だってときめくわけでして。

「お前のこと、もっと知りたいと思ってだな」

 そして、質の悪いことにその整ってらっしゃる顔が真顔で口説かれているのかと思えるような言動を放つ。

「似合いそうな髪型考えねえと」

 まあ、加藤本人は無自覚なんだけど。本当に、質が悪い。しかし、なんだ、そっちかー。ちょっと残念だな、と思うあたり私も満更でもないのか。いけない、相手はあの加藤だ。空飛んでた変な奴だぞ! と私の頭の中の警報が鳴る。そう言えば、私加藤がなぜあの日空を飛んでいたのか全く知らない。個人的にとても気になるんだけど。

「そうそう、ところで加藤、あの日――もがっ」

 なんで空飛んでたの、と聞こうとしたところで口を塞がれた。

「ばっかお前! 美森いるだろうが。軽々しく言ってんじゃねえ!!」

 あ、そうだった。加藤から口止めされているんだっけ。円が先程から何も話さないので、ちょっと存在忘れてた。

「ご、ごめん円。勝手に二人で話進めちゃって……円?」

「……くん」

 円はある一点を見つめてポツリとつぶやいた。視線を追ってみたけれど、そこにはもう誰もいなかった。どうしたのだろう。

「円?」

「あ、ごめん。ぼーっとしてたよ。何の話だっけ」

 これ幸い、と考えていいのだろうか。どうやら加藤の話は耳に入っていなかったようだ。

 その日の放課後、円は用事があるといい先に帰ってしまった。一人になって気づく、私まだ円の他に友達いないんだった。そう言えば、円も他に友達がいるようには思えなかったけれど、私たちは案外似たもの同士なのだろうか。

 仕方がないので、一人で玄関まで歩いていると、背後からガシッと肩を掴まれた。加藤だ。

「おま、声かけて帰れって」

「え、なんで」

 ほんと、なんで? 私の観察、加藤は昼食だけでは満足できなかったのだろうか。しかし、帰ってきた言葉は意外なものであった。

「友達だろうが」

 ああ、そっか。友達だったのか。私たちは友達だったんだ。そう思うと妙に納得できて素直に謝罪する。

「あ、ごめん。つい癖で」

「予想通り一人で帰ってるし。お前、友達いねーのな」

「今は加藤がいるじゃん」

「そうだったな」

 そう言って微笑んだ加藤の目が優しくて。

「いつもそうならいいのに。友達宣言記念に言っておくけど加藤、目が怖いんだよ」

「うるせー、気にしてんのに。つか、友達宣言ってお前、いかにも頭悪そうな……」

 つい、減らず口を叩いてしまう。加藤って、私の他に友達いないのだろうか。だったらいいのにな。そんなわけないか。こんなに世話焼きで、将来有望な美容師の卵。女友達とか沢山いそう。うわ、何かイラッとするなあ。

 自宅のアパートが近いので、私は歩きで、加藤は駅まで自転車だ。顔つきの割に群れるのが好きなのか、加藤は当然のように自転車を押して私の隣を歩く。うんうん、友達同士の放課後って感じ。これ私の青春、うまくいってる感じなのかね? お母さん、見てますかー。なんちゃって。

「ところで加藤。私、とっても聞きたいことがあるんだあ」

 そう、実は加藤と二人きりになれるチャンスを探していた私である。そう、どうしてもあのことが気になって、今日はこれを加藤に聞いておかないと眠れそうもないのだ。あー、しかし頭の中でもやもやしていた問題が解決されると思うと、顔がニヤけてくる。

「うっ。気味の悪い顔してんじゃねえ」

 加藤は何を聞かれるのかわかっているのか、視線を逸らすけど逃がしはしない。

「ねえ、加藤。あの日どうして空を飛んでいたの。私あんな光景初めて見ちゃってビックリしたよ」

「はぁ。意地でも聞き出してやるって顔だな。……そんなたいしたことじゃねえよ」

 加藤の実家が美容室なのは知っていたが、まさか経営者が兄だったとは知らなかった。なんでも、加藤は兄に認められるまで鋏も持たせてもらえず、休日はずっと美容室のアシスタントとしてヘアアレンジの練習を続けていたそうだ。そして最近ようやく鋏を持つことを認められ、今度は兄に内緒でこっそり深夜に練習をしているのだそうだ。連日深夜に練習をするのでいつも寝坊しているのだとか。なるほど、目つきが悪いのも納得できる。

「あの道が一番早いんだよ。あの日は特にもう二限目に差し掛かってたから、一か八か屋根から門を飛び越えたんだ」

 つまり、信じられない事実だが、家々の屋根を通学路にすることで遅刻をまぬがれていたらしい。しかし、私はふと思った。頑張っている加藤に対して私は失礼ではないか? 

「加藤、ごめん。私、早く髪型決めるから……」

 ああ、ダメだ。声が震えている。どうしよう、変に思われるかな。真っ黒な何かが心を埋め尽くしていく。闇は怖い。光が欲しくなる。ああ、センセイ。あなたの声が懐かしいです。ああ、ダメだ思い出してはいけないのだった。私は早く、あなたを忘れなければ……。

「藤田?」

 加藤の声でハッとする。

「あ、ごめ」

「乗れ」

 しかし、加藤は不審そうにするわけでもなく、問いただしてくるわけでもなく、私の様子がおかしいことなんて華麗にスルーして涼しい顔で自転車の荷台を示した。つまり、後ろに乗れということだ。あまりに華麗なるスルーにビックリしたのと、突然の申し出にもたもたしていたら再度促されてしまった。

 加藤の背中は大きい。背が高いから、当然だけど。しかし、取り敢えず腰辺りに手を回してみたものの、体をくっ付けすぎるのは気が引けてこれはこれで辛い、体制が。しかし、これも青春的な行為の一つであることに気づく。お母さん、見てますかー!

 でも、さっきのスルーはちょっとありがたかった。これも加藤の優しさなのだろうか。それとも、単に私のこと見てなかっただけかな。どっちかなんて、きっと本人しかわからない。一つ明らかなことは加藤は優しいということ。

「知り合いの家だ」

 そう言って連れてこられたのは、線路沿いにある目立たない、美容室だった。白い漆喰の壁と出窓の特徴的な、小さいながらにお洒落な店だ。しかし、美容室ってまさか加藤、もう私の髪を切る気なのか! ま、まだ心の準備が。それに……。

「こんちわー」

 戸惑う私を他所に、加藤はずんずん進んでいく。私など見えていないかのようだ。まだよく知らない土地に一人で置き去りにされるのは嫌なので、慌ててついて行く。中には、お姉さんという表現が適切な年齢の女性がいた。ゆるくカーブした髪が美しい。

「芳春じゃないの」

 ふんわりと微笑む。加藤はこんな女が好みなのか。

「兄貴の婚約者なんだ」

「なんだ」

 彼女かと思ったけど残念、違ったようだ。

「江梨子さん、ちょっと鏡と椅子貸してよ」

「いいけど、芳春が女の子連れてくるなんて珍しいわねー。あなた、名前は?」

 そうなんだ。加藤とか、沢山女友達いそうなのに。

「藤田りなです」

 ペコリ。もしや近い将来加藤のお義姉さんになるかもしれない人だ。友達の一人として挨拶は丁寧にしておかねば。

「おい、ここに座れ」

 座れってそこ、カット台ですよ? 本当に切っちゃうの? 私の顔に不安が出ていたのか、加藤は面倒くさそうな顔。

「今日は切るんじゃない。ヘアアレンジしてやる」

「……!」

 やっぱり、なかなか髪を切る決心がつかないの、バレてるのかな。だから、気分転換してくれようとしている?気が遣える優しいと思えば強引だったり。加藤は不思議な奴だな。再度促され、椅子に腰掛けた。

 加藤の、ちょっとゴツゴツした指が繊細な動きでコテを扱う。編み込んで、地味目なリボンを巻き付ければ制服に合う感じのアレンジがものの30分で出来上がった。

「わあ! すごい。私が可愛くなってる」

「俺の腕だからな」

 私よりも見た目無骨な男子が私ではできないような可愛いヘアアレンジをしたと思うと何だか劣等感。

「芳春がやったとは誰も思わないわね」

 それまで黙って見ていた江梨子さんがクスクスと笑う。

「お茶にしない? クッキーがあるんだけど」

 ダージリンティーと、イチゴジャムのクッキーは最高に美味しかった。

「芳春ったら、いっつも怖い顔でしょう? 女の子は皆引いちゃって、苦労してるのよ。美容師なんか、女の子を相手にしなきゃなのに。あなたとは、どうして友達になれたのか私、不思議よ」

 江梨子さんは、可笑しくてたまらないという顔だ。加藤はうるせー、とか黙れとかブツブツ言っていたけれど、無視。

「私、つい最近転校してきたんですけど、初日に加藤君が空、飛んでて」

「そらぁ!? 何ソレー!!」

 事のいきさつを話すと江梨子さんは大爆笑。信じられなーい、と加藤をバシバシ叩く。加藤は痛えよ、と言いながらも目が優しい。ああ、もう家族みたいなものなのだろうな。私は、ちょっと、あまりわからない世界だけど、少し憧れる。

「それで、どんな風に髪を切るのか、決まったの?」

 途中、そう聞かれて、曖昧に笑うしかなかった。

「まだ、決まらないんです」

「そうなの。そう言えば芳春ったらね!」

 ヘアアレンジしてもらって、江梨子さんと話をして、ちょっと元気をもらった。加藤は、やっぱり気づいているのかもしれない。私が何かと戦っていること。具体的に言うと、過去と戦っているということに。でも、何も聞かずに優しくしてくれるから、すごく救われている。なんで、こんなに優しいのだろう。私にそんな価値はあるのだろうか。過去に囚われ続ける私に。

「加藤」

 店をあとにし、自転車にまたがる加藤を呼び止めた。

「ありがとね」

「何が」

 わかってるのか、いないのか。その背中はやっぱり大きい。私もいつか、加藤の友だちとして支えられるように。強くならなくてはならない。

「決めたよ、私強くなる」

「は? お前、話噛み合ってないぞ?」

「いーの!」

 自転車の荷台には乗らず、歩き始める。案外、ここは私の自宅に近い。

「おい、乗らないのか!」

「家、ここのきーんじょ!」

 数メートル離れたところで、呼び止められる。そのまま路地に入った。なんとなく、一人で苦戦してることとか、見られたくなくて。加藤が、深夜に頑張ってること隠したがる気持ちがちょっとだけわかる気がした。


 翌朝。

「円!」

 玄関で円に遭った。円とは、いつも玄関で一緒になるな。もう少し早く家を出れば数メートルくらい一緒に登校できるかもしれない。

「りなちゃん。おはよう。かわいいリボンだね」

 昨日のリボンを、二つに結った髪に結んでみたのだった。昨日ほどはないけど、イメージチェンジ、というやつだ。

「加藤のセンスなんだー」

「そうなの? どおりで素敵だと思ったよー」

 そう言えば、今日は加藤見なかったな。もしかして遅刻したのだろうか。昨日はあの後から練習したのだとすれば、きっといつもよりも遅くなってしまったのだろう。勤勉な加藤のことだ、気にせず練習したのだろう。あとで、隣の教室覗いてみるかな。

 だけど、午後になっても加藤は教室にはいなかった。どうしたんだろう、何かあった? 連絡しようにも、アドレス知らないしチャットも送れない。その日はなんとなく授業に集中できなかった。

 学校が終わり円とドーナツを食べに言っても何となく上の空である。自分でも失礼かな、と思うけど油断すると加藤のことが心配になってしまう。

「今日、加藤君来てなかったね」

 そんな私の様子を見かねてか、円が話題を振ってくれる。何やってんだ私、せっかく出来た友達を大事にしないでどうするのよ。

「うん。でも大丈夫。ところで、円って彼氏とかいるの?」

「いるよー」

「ナニソレ。聞いてない!!」

 今まで一人のことが多かったから、学校帰りにデザートを食べにどこかに寄ることなんてなかったし、別に甘いものが好きなわけでもなかった。でも、わかった。私、甘いもの好きだ。誰かと食べる甘味は美味しい。円と楽しい放課後を過ごした。

 ドーナツ屋で円と別れ、自宅にて入浴したはいいものの、喉が渇いてコンビニに寄った帰り。何となく江梨子さんの店の前に来ている自分がいた。今日もお話したら、加藤のことわかるかな。でも、おかしいよねこんな時間に。しかも私、ただの加藤の友達だし。それに店のドアにはcloseの文字。中の明かりがついている様子もない。諦めて帰ろうとした時、その音は聞こえてきた。シャキシャキシャキシャキ。ああ、カットする音だ。それだけで全てを把握する。以前より疑問だったのだ。加藤は、実家で練習しているとすれば絶対に兄にバレるだろうと。なぜ、今までバレずに練習できていたのだろうかと。そう、江梨子さんの店で練習していたのだ。

 ドアノブを少し捻ってみる、鍵は空いているようだ。。加藤は私が入ってきたら嫌がるだろうか。加藤に拒絶されるのは嫌だな。だけど、加藤のこともっと知りたい。友達だもの。私はそっとドアを開けた。

「誰?」

 加藤の声だ。少し、驚いている。このままの状態もちょっと面白いけど、流石に可哀想なので声をかけることにした。

「私。藤田りな」

「藤田――?」

 加藤はちょっと驚いたような顔をすると、暗かった部屋の電気をつけ始めた。

「邪魔してごめん」

「いい。でも、なんで」

 確かに、こんな時間に私が知り合って間もない江梨子さんを尋ねるのは不自然だ。ここは不審に思われないためにも、正直に話してしまおう。

「店の前でね、立ってたら鋏の音聞こえて。もしかしたらって」

「……地獄耳」

「うっさいなー!」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいたら、江梨子さんが出てきてしまった。ちょっと、うるさかったかな。反省。

「芳春? 誰か来てるの……あら、りなちゃん」

「今晩わ。こんな時間にすみません」

「いいのよ。私も会いたかったしね」

「はあ」

 なら良かった、ってどう考えても社交辞令だよね。もう遅いから、とホットミルクを出してもらう。

「ありがとうございます」

「芳春はハチミツ入りだっけ?」

 なんだとう!? 以外に甘党だな。顔と中身にギャップありすぎるって! 思わずミルクを吹き出す私に加藤は焦り、江梨子さんはキョトンとしている。

「ブッ」

「わー江梨子さん、良いから! そのまま持ってこいよ!!」

 自体が収集した頃、江梨子さんは私の手を握りこう言った。

「じつは、りなちゃんにお願いがあってね。孝之の専属モデルやらない?」

 孝之って誰だ。そう思った瞬間、加藤が立ち上がった。

「兄貴の!?」

「え、お兄さん?」

 以前円かに聞いた話では、とても有名な人なのだという。そんな人の専属モデルになれというのか。突然すぎる勧誘に俄かには信じがたい。隣を見やると、加藤も立ち上がったまま口をあんぐり開けていた。



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