壱
キリの良いところで一度あげさせてもらいました。大分長くなりそうなよかん。怖いです
群れるのとかは、何ていうか嫌いだ。だって、人間一般的に一人の時間は欲しいわけだし、自分のペースを乱されるくらいなら他人となんて関わりたくない、そんなもんだって私は信じてる。いや、間違いない。世の中皆、だいたいそうだから。ただ、大体の女子が寂しさに耐え切れなくって群れてるだけだから。私なんて、お母さんが何回も再婚するせいでいっつもボッチだったからちょっと、孤独に耐性があるだけでさ。
何が言いたいのかと言うと、何が言いたいわけでもないのだけど、とりあえず変化の多すぎる家庭に馴染めず、学校でトラブル起こした結果一人で東京の私立高校に通う事になったということ。お母さんは小金持ちで、3回目の再婚相手が大金持ちだったからお金とかは大丈夫みたいで、借りてるアパートもいい感じ。親の目から離されているようで、監視されているこの環境が、もう次は無いと言われてるようだと感じる。背中に山奥とかでコケが生えまくってる感じの大きな岩が乗ってるみたい。とりあえず、私はもう自由にどこにもいけないからここで一から頑張るしかないと思う。
なんて結構重たい状況ではあるものの、私の心は結構軽い。だって、あの再婚相手は好きにはなれなかったんだもの。あ、言っておきますけど同情はいらないよ。同情するならそう、もっと違うものください。心から笑い合える友達とかね。
転校先は、ワタクシ立というやつだった。都会の高校は、やっぱり綺麗だ。予想以上に大きな学舎に驚いて見上げる。すっげー、門でほぼ見えない。もっと上見れば屋上くらいは見えるかな。ああ、何だか転校初日とか面倒だな。何時までもこの空を眺めていたい気分だ。ん? 今黒いものが通ったような。ああ、これあれだ私知ってる。ダンシセイトという生き物だ。……男子生徒!?
「ええっ」
声が聞こえたのか、その男子生徒が門の内側に入る瞬間に目が、合った。鋭い目つきだ。あ、舌打ちした。今確実に舌打ちしたよ、あの人。初対面の相手に舌打ちとか絶対ヤバイ。見なかったことにしてあげよう。そうしよう。もう、トラブルはごめんだしね。
玄関。靴箱、廊下。全部広い。全部キラキラしてる。お陰で職員室にたどり着くのに時間がかかってしまった。担任の先生に連れられて教室へ。2-Bだって。
自己紹介と言うものは、小学生くらいから毎年やってるはずなんだけど、慣れない。初対面の人に短文で、自分のことを理解してもらうのは難しいので無難が一番なんだろうけど。
「藤田りなです。よろしくお願いします。腹をわって話せる友達募集中です」
友達欲しさについ口走ってしまった。うーん、ちょっとがっつきすぎたかも。案内された席に座ると、隣の女の子が話しかけて来た。
「よろしく」
まあ、無難に挨拶しておきますか。お隣さんは三森さんというらしい。ショートカットの似合う女の子だ。放課後ケーキ食べに行く約束しちゃった。うん、順調じゃないの。まだそろってない教科書見せてもらったりとか、違う体操服で体育受けたりとか、質問攻めに遭ったりして絶賛転校生の初日を満喫した私は今朝の出来事なんてすっかり忘れていた。もう、それは海馬の細胞から消し去られそうになってるくらい忘れかけていた。
放課後になって、約束のケーキを食べに行くべく教室を出て、トイレ前。体操服を忘れていることに気づく。
「ごめん、体操服置いてきちゃった。臭ったらヤだし、もってくる」
「おっけー、玄関でまっとく」
足の向きをくるりと180度。少し急ぎ気味に歩き始める。えー、確かB組だったよね。えへへ、もう忘れそう。そんなことを考えながら、教室に戻る。ええと、教室も何か広いからわかりづらいなあ。たしか私の机は窓際の一番後ろだったはず。見渡すと見つけることが出来た――男子が座ってる。それも、誰かと話すわけでもなく、ただ座っている。これはどういうことだ、非常に話しかけづらい。その男子の見た目からして話しかけづらい。もう、見た目がトラブルに近い感じの目付きの悪いロン毛だ。
あ、こっち見た。目が合った瞬間、気づいた。これは、今朝のあのダンシセイトだ。飛んでたダンシセイトだ。野性的過ぎて思わず、カタカナ表記してしまったダンシセイトだ、間違いない。しかも、目つきが悪い。今朝も目つきは悪かった、でも今も充分に悪い。今朝の時点からだいぶ時間が経っているというのに目が怖い。目がとても怒っている。やはり私はあの時何かまずい場面を目撃してしまったのだろうか? いやいや、気のせい。彼はきっともともと眼光鋭いタイプなのだ……だめだ、前向きに考えても彼とまともに会話しようとするとトラブル展開にしかならない気がする。そう、私は今トラブルに敏感だ。もう次はないから。私は上手くやらなくてはならないから。私はとりあえず、教室を後にした。追いかけてきませんように、追いかけてきませんように!
体の向きを再び180度回転。さっきよりも早足で廊下を進む。再びトイレ前に戻って来てしまった。彼は着いてきているだろうか。付いてきていた場合を想像すると怖すぎて振り返れない。大丈夫、落ち着け。階段まであと数メートルだ。何か足音が近づいてきてるけども、大丈夫気のせい! そう思った瞬間ガシッと肩を掴まれた。
「ヒィ!?」
「来い」
耳元にかすった吐息とドスの効いた低音。それを必死に翻訳しようとする。え、鯉? 私は人間ですよ!? いやまて、冷静に考えろ。ああ、着いて来いの来いか。視界に入らぬものの手に肩ごとぐっと引かれ、本来ならば降りる予定だった階段を上って行く。振りほどこうにも結構な力で、それ以前に振りほどくとか怖すぎて無理。此方から見えるのは無駄に大きなブレザー姿の背中だけ。ロン毛だ、あいつだよやっぱり。あ、猫背。後姿だけ見ると、そんなに怖くないかも。そう、目と声が怖いんだよこの人。状況にもなれた頃、大きな背中に向かって話しかける勇気がわいた。
「あのー、この上って確か屋上だよね。屋上って確か立ち入り禁止だよね」
繰り返すけど、私は今トラブルに敏感だ。出来れば何事も起こしたくないのだ。聞いているか定かではないけれどここは譲れないので聞いてみる。案の定私に構わず、ずんずん進んでゆく。再度振りほどこうと強めに腕を引いてみたけど、案の定放してもらえないようだ。うーん、だめか。あー、屋上着いちゃったよ。あーもうダメこれで私の人生終わった。お母さんごめんなさい。お義父さんごめんなさい。高額支払って整えてもらった新しい環境が、初日でパーになりそうです。嗚呼、私を無理やりに先導する彼の手が屋上のドアに手がかかってしまった。これはもう、殴るしかないか。いや、それ自分でトラブル引き起こしてんじゃん。言い訳したら、正当防衛になるかな? 前を進む男子生徒の手がついに、ドアノブを捻って……ガチッ。ガチッガチガチガチ。
「開かないのかよ!」
思わずツッコんじゃった。うわ、こっち見た! 目つきコワ!
「ああ!?」
「ヒィッ、すみません!」
「屋上とか上った事なかったんだよ! 悪ぃかよ!」
以外にまじめだよ!? しかも、なにちょっと頬赤く染めてるんだよ。その怖すぎる目つきとギャップありすぎて驚くって。
「うん、思うにこの学校は屋上を締め切っているタイプの学校なんだね」
「冷静に分析してんじゃねー!!」
いや、だってもうあなた怖くないですし。真っ赤になった顔隠そうとしててちょっと可愛いですし。何か、イメージとだいぶ違うけど怖い顔した素直な男子のようだ。これは、何ていうかいける。ダイジョウブ、話せるやつだ。
「で、私に何の用かね」
「お前、友だち少なそう……」
「転校生だからね。あ、私藤田りな。よろしく、君は?」
彼は加藤芳春というらしい。しかしまあ、初対面にしては洞察力があるようだ。転校生だは言ってみるものの、これまでの人生で友だちが多かった経験はないので、加藤の推測は残念ながら当たってる。それはいい、それは置いておこう今は。そうじゃなくて、問題はこの目つきの悪い男が私に何の用事があるのかと言う事だ。私は早々に事を片付けなくてはならない(ケーキが待ってるし)ので、長引くようであれば後日にしてもらうか、それか三森さんにメールをしなければならない。
「で、何。今朝のことなら黙ってるから大丈夫だよ」
「信用できない」
やっぱり今朝のことか。ところで何で、あんな頑張って門を飛び超えてたんだろう。
「じゃあどうすればいい? 私、トラブルは避けたいって言うか。学校側に問題にならない程度なら何でもするよ」
すると、加藤は黙り込んだ。どうやら私にさせる詫びを一生懸命考えているようだ。お、顔を上げた。いちいち動作のわかりやすいやつだなあ。
「髪を」
「ん?」
加藤は少し恥ずかしそうに目線を逸らす。そしてはっきりとこう言った。
「髪を、切らせて……欲しい」
欲しい? ん? え、ちょっと待て。それは私が加藤くんに髪を分け与えると言う事? 呪い? 呪いなの? 藁人形でも作るの? いや、でもあれはそんなに髪の毛いらないよね。1本でいいよね。そんなに沢山いならないよね。じゃあ、あれだよね。もう呪い以外の可能性を考えたほうがいいよね。そう思った瞬間、口は止まらなかった。
「へ、ヘンタイ……! ヘンタイさんがいる! 確かに、私の髪はまっすぐで自他共に認める美髪だけれど、それは無理!! ヘンタイの餌食になるなんて、例え私のもとを離れもはや私の一部ではなくなった髪であっても無理! 論外! キモチワルイ!!!」
ここまで言って、しまった言い過ぎた、真実をありのまま伝えてしまった、と思い至るものの、時既に遅し。加藤はちょっと驚いてる。あ、意外と傷ついてない。それともあまりの剣幕に傷つくを通り越して驚いちゃった感じかな。
加藤は一時固まっていたけれど、正気に戻ると弁解を始めた。
「ち、ちが……! 俺はそういう意味でなく!」
「じゃあどういう意味よ!?」
今になって考えると私、相当恥ずかしい勘違いをしていたようなんだけど、その時はもう頭がいっぱいで、思考が爆発しそうで、自分が言葉の意味を取り違えていたなんて考えてもいなかった。
「カットモデル。俺、今練習中」
加藤は手で鋏を作りパチン、と髪を切る動作。カットモデル。それは見習いの美容師の練習台になる代わりに、タダでカットをしてくれるというものだ。正直、学生の一人暮らし、経済的にも助かる。タダなんだし切ってもらうのも良いかも。
「カット……。それで帳消しになるなら」
髪形変えて、心を入れ替えて、これまでの嫌な事なんてパーッと忘れちゃうのも手なのかもしれない。そう思った。
話によると加藤の家は結構流行ってる感じの美容室なのだそうだ。髪に優しいカラーリングと癖を生かしたカットが得意な店で、加藤も現在修行中との事。
「へえー。すごいね、りなちゃん! 加藤君のお店って今予約いっぱいで取れないんだよ」
場所変わってアイスクリーム専門店。結局あの後、加藤とは連絡先を交換し別れ、私はすぐに三森の待つ玄関へ向かうことが出来た。隣の席の少女は三森円と言うらしい。すぐに打ち解け、りな、円と下の名前で呼び合う仲となった。待ち合わせに少し遅れてしまったので先程の出来事を事細かく話すと、円はどうやら加藤について少しだけ知っていたようだ。
「でも、少しもったいないね。せっかくとても長いのに」
私の髪は、腰の辺りまで伸びており世間一般的な女性と比べてもかなり長いほうだ。
「いいんだ。ちょっと、気分転換」
そう、気分転換だ。そう自分に言い聞かせているようにも思えて否、と脳内でそれを否定した。私は今円に上手く笑えていただろうか。いいの、忘れるの。だってもう、充分痛い目見たじゃない。私はここで新しくやり直すって決めたじゃない。
「りなちゃん?」
名を呼ばれてハッとする、と言うよりかはビクッとする。私は何に怯えているんだろう。せっかく友達もできて、上手くいきそう、なのに。
「ごめん、ちょっとボーっとしてて。アイス、溶けちゃう!」
そうだ。私はここで、再スタート。リセットなんだ。だから、忘れたほうがいいんだ。
「髪切るの、楽しみだな」
そうだ、帰りにカタログを買って帰ろう。色も変えちゃおうかな。どうせならば、思い切りイメージを変えて、もはや元居た場所の人々には、もう気づいてさえもらえなくなれるような、そんな。
パラリ、パラリ。淡々と捲られるページ、誰もいない部屋、独り言のようにしゃべる液晶の中のバラエティ司会。パラリ、パラリ。ヴヴッ、と鳴るスマホ。三森円からである。
「明日の1限自習だって!」
メールはあまり好きじゃないけど、これを怠るとあまり良い結果にはならない。私は前回それを学んだ。だから、これからは小マメに返信する事に決めた。円は大事な大事なオトモダチ第一号だ。ズズッとカップ麺を啜ると何だか眠たくなってきた。いけない、メールを返さなくては……。
夢を見た。あなたが、私の髪を綺麗だって言ってくれた。だから、私は大事に大事に伸ばしておいた。二枚の硝子を隔てたあなたの瞳が私にだけ微笑んでくれた気がしていた。それが嬉しかった。あなたになら何をされてもいいと、何を犠牲にしてもあなたの心が欲しかった。あなたもそれを返してくれる、と当然のよう思っていた。
ジリリリリリ! 一人暮らしなんて初めてだから、目覚ましは三つかけておいたのだけれど、正解。どうやら私は朝が弱いらしい。結局あのあとメールを返せずに眠ってしまった。こういう時、何て詫びればいいんだっけ。オトモダチなんて出来たのは久しぶりだから、何だか思い出せないことが多いな。円への詫び文句を考えながら歩いていたので、歩がとても早い気がする。すでに、昨日加藤が飛んでいるところを目撃した場所だ。今日は生徒が多い。昨日は、転校初日だったから10時登校とかでよかったしね。
「おはよう!」
玄関にて、三森円に遭遇。まだ心の準備ができていないのに。
「ヒィ!? ま、円サン……! オハヨウゴザイマス……!」
思わず声が引き攣る。表情も硬くなってしまう、いけない嫌われてしまいそうだ。
「りなちゃん何か面白い事になってるよ? どうしたのー?」
ところが円は笑顔を向けてくれた。昨日から考えていたけど、円は不思議な女子だ。私が今まで出会ってきた女子とは違う反応を返してくる。円の笑顔に安心し、私は素直に謝罪する。
「あ、昨日メールくれたのに、ごめん」
もしかして、円は忘れているだけなのかもしれない。思い出したら怒るかな。私の中で、そんな不安が渦巻く。しかし、円は私の悪い予想に反する反応を示した。
「いいんだよ。だってあれ、私が勝手に送っただけだし、りなちゃんもう知ってるのかなって思ってたー」
「いやいや、すっごく助かったから、お礼しなきゃいけないの」
円は顔を輝かせた。
「じゃあ、今日はドーナツ屋さんにでも行く?」
そうか。嗚呼、神様。これが天使というやつなのですね。と、視界に黒い影。やたらに大きいので、すぐにわかる。加藤だ。
「おはよ」
あ、加藤の笑った顔初めて見たかも。目がクシャってなって、普段が人相悪いからすっごい笑ってるみたいだ。
「髪型決まったか」
「まだ」
私はまだ知らなかった。この先、この会話が幾度となく繰り返されるということを。私はまだ気づいていなかった。私が自分で思うよりもずっと過去の柵に囚われ続けているということを。