12-1 団結
「おい!! 起きてくれよ明!! 頼むぜ!! 死んじゃいねえんだろ!?」
倒れ伏したGの目の前。
小林は、喉も張り裂けんばかりに叫び続けているが、巨獣王は固く目を閉じたままだ。
クモの擬巨獣・ミルマラクネを斃し、シルバーバイポラスを斃し、クェルクスを操っていた東宮も確保した今、既に何の脅威もないはずなのに。
半壊した巨大な緑のドーム内部に横たわるGは、ぴくりとも動かない。固まった溶岩のような皮膚からは、血の気も伺えないが、口元に感じるかすかな呼吸から、その命の火が、まだ消えてはいないと分かる。
「起きてくれよ明!! アルテミスは……死んじまったし、加賀谷も広藤も珠夢も、いくら待っても来ねえしよ……もう、チーム・キャタピラーは俺だけになっちまったんだ。俺を置いていくなよ!!」
たった一人取り残されたようなこの状況に、小林は心細さを抑えきれなかった。
だが実際のところ、加賀谷達と都内で別れてからまだ二時間と経っていないのだ。
抜群の走破力を誇る軍用四駆、操る加賀谷の運転技術も相当なものとはいえ、クェルクスや小型巨獣によって破壊された主要道や、建造物の連なる荒れ果てた都心部を越えてこの千葉まで、そう簡単にたどり着けるわけもない。クェルクスの増殖は止まっていても、地面から突き出た槍のような植物体が消え失せたわけではないのだ。その上。いまだに獲物を狙って徘徊し続ける中、小型の巨獣、そしてクェルクスからのコントロールを失い、荒れ狂う昆虫型擬巨獣群は、大きな脅威なのだ。
加賀谷達はまだ臨時本部から一時間ほどかかる位置にいたが、移動に専念するあまり通信を交わす余裕すらなかった。しかし、そんなことは小林が知るよしもなかった。
「無理を言うな小林君」
小林の肩を叩いたのは守里だった。
以前のような険悪な空気はもう無い。ともに戦い、死線を越えた二人の間には、奇妙な友情のようなものが芽生えていた。
「一度、酸素不足で障害を受けた脳は、そう簡単に回復するものじゃない。いかに不死身のGといえども……」
「どうやったら回復するんだ? あんた、大学の先生なんだろ? そんくらい分かるだろ? 俺みたいな出来の悪い学生には分からなくてもさ……」
「……酸素不足は、中枢神経に深刻なダメージを与えるんだ。回復するとは限らない。あるいはずっとこのまま……」
「……そんなのあんまりじゃねえか。じゃあ、何のためにアルテミスは死んだんだよ!? 何のために明は、二度と戻れない融合をして、ここまで走ってきたんだ? それが松尾さんに会えもせずここで終わりだなんて、酷すぎるじゃねえか!!」
「ったく!! うるさい男だねえ!!」
それまで彼等の傍らで、黙々と瓦礫を掘り返していたアスカがつかつかと歩み寄ると、へたり込んだ小林の胸ぐらを掴み上げた。
「女の腐ったのみたいに、うじうじ泣いてんじゃないよっ!! あんたもブルー・バンガードからの通信、聞いてたんだろ!? こっちに荷電粒子砲を装備した特装艦・オルキヌスが迫ってるんだ!! 使えない戦力はほっといて、あたし達で迎え撃つ算段を整えるんだよ!!」
「む……迎え撃つ? 俺達で?」
「当たり前だろ!! 他に誰がいるッてんだ!!」
「だって……俺にはもう何も……アルテミスは死んじまったし……」
「あんたが掘り出したガーゴイロサウルス。あれはもうあんたのモンなんだ。網膜パターンが登録されちまったからね。あんたみたいなヘタレ素人でも、戦って貰わなきゃならないんだよ!! そんくらい理解しな!!」
「え……? 俺が……機動兵器のパイロット?」
小林は目を泳がせた。
明を助けたい、その一心で地下シューターへとダイブし、ガーゴイロサウルスを起動させはしたが、まさか自分が機動兵器に乗って戦うことになるとは思ってもいなかったのだ。
「あんたは……どうすんだよ? あの戦闘ヘリ、もう飛べないんだろ?」
「そうさ。あたしのアンハングエラはもう飛べない!! サンはミルマラクネの毒と疲労で動けない。カイも負傷してる上にトート少尉は、ゲーリン少尉の死のショックで茫然自失。
今ここで使える戦力は、あんたのガーゴイロサウルスだけなんだ!! だけど、あたしはおミソにされるなんて耐えられないからね!! だからこうして、戦力になるものを掘り出してんだよ!!」
そう言いながら、また一抱えほどもあるコンクリート塊を持ち上げ、投げ捨てる。
「戦力? それって……何なんだよ?」
「あんたのガーゴイロサウルス。まどかのトリロバイトⅡ。それともう一機、ここに眠ってる機体を合体させれば、巨獣相手でもタメを張れる機動兵器が……できあがる。さっき、カインからそう聞いたんだよ!!」
直径五センチはあろうかという鉄筋を引き抜こうとして果たせず、尻餅をつきながら、アスカは答えた。
「バカな……素手で掘り返すつもりか? 瓦礫を掘っても、地下格納庫は更に数十mは地下なんだぞ? シューターももうない。クェルクスの根も充満してる……不可能だ」
眉を顰めて言ったのは、守里だ。
「仕方ないだろ!! アンハングエラやガーゴイロサウルスじゃあ、砲は撃てても穴は掘れない。自分の手でやるしかないんだ!! それとも、不可能だとかナントカほざいて、そこで嘆いてれば、誰かが何とかしてくれるってのかい? シューターさえ見つかれば、そこから無理矢理でも潜り込んでやるさ!!」
『新堂少尉。どいてください』
マイカの声。
地響きを立てて近づいてきたのは、黒い装甲に身を包んだカイであった。
『話は分かりました。カイと私がやります。同じ素手でやるなら、大きい手の方が良いでしょう?』
「トート少尉……あんた、もういいのかい?」
『はい……めそめそ泣いてるなんて私らしくない……アイツならきっとそう言います。それに……グリフォンは核爆発の中心にいたわけじゃない。オットーは、きっと生きてます。どんなことがあっても、きっと私の元へ返って来てくれる。そういうヤツなの……』
マイカの声は、もう泣いていなかった。
いくら爆発をアルテミスが引き受けてくれたとはいえ、普通に考えればグリフォンも爆発に巻き込まれているタイミングだった。そうでなくとも、数千mの上空から落下すれば生きている可能性は低い。だが、それでも生きている可能性はゼロではない。ならば、そう信じると、マイカは決めたのだ。
『サンも、やるって』
「雨野少尉!?」
もう一つ、地響きを立てて現れたのは、白い装甲の巨獣・サンであった。
『毒のせいで、まだ動きはぎこちないけど……サンがやりたいって、そう言ってるのよ。』
「いいのかい? あんなでかいクモの毒……もし致命的なものだったりしたら……」
僅かにかすっただけとはいえ、戦闘後、かなり長時間、サンの体は完全に麻痺していた。
ミルマラクネの毒は、それほど強力と言えた。
『サンの体にはメタボルバキアが入っています。だから、毒は効かないはずなの。それでも、もし命に関わるとしてもサンは……やるって。何もしないで死を迎えるより、前を向いて……戦って死にたいって……そう言ってるの』
アスカはこみ上げてきたものを、ぐっと飲み込んだ。
人間でないサンまでが、命がけで運命に抗おうとしているのだ。
自分達の……いや、人類の立ち向うこの運命は、決して軽いものではない。が、この仲間となら必ず勝てる。そう思えた。
「……すまないね」
やっとそれだけ絞り出すと、アスカは後ろを向き、瓦礫の山から降りた。
サンやカイが掘るなら、自分は邪魔でしかない。だったら、後は彼等に任せ、自分は体力の温存に努めるべきである。
だが、突然キャタピラ音を響かせて目の前を通り過ぎていった、機動兵器を見てアスカは目を丸くした。
「小林!?……あんた、どうする気だい?」
『戦闘が始まるまでに、少しでもこの機体の操縦に慣れておく。それにガーゴイロサウルスにだって、マニピュレータの一つや二つはあるみたいだしな。穴掘り向きじゃなくったって、瓦礫を掻き出すくらいは出来るだろうさ』
『小林君一人だけでは不安だからな。補助シートには俺が乗って指示をする』
外部スピーカからは、守里の声も聞こえてきた。
『なんだぁ? あんたも機動兵器は素人だろうが。偉そうにすんなよ』
『前を向け。事故るぞ』
「頼むよ。小林隊長、高千穂さん」
『任せとけ』
『高千穂さん、あんたは操縦してねえだろうが』
『いざとなったら、俺も操縦する』
『話聞いてなかったのかよ。俺の網膜パターンが登録されちまってんだって!! 俺以外は操縦出来ねえんだよ!!』
『すべてのスイッチが指紋登録されているってワケでもないだろう。つまりだな――――』
わいわいと二人で言い合いを始めた様子の、ガーゴイロサウルスのコクピット。
だが、機体は小林が操る通りに動き、マニピュレータを伸ばしてサンとカイが掘り出した瓦礫を後方へと送り始めた。
「頼むよ……ここが正念場なんだから。掘り出して。フェイロングスを……」
アスカは思わず両手を組んだ。柄にもない……そう自分でも思ったが、天に祈らずにはいられなかったのだ。
「俺は……何をすればいい?」
振り向くと、そこにはさっきまで膝を抱えて震えていた東宮が立っていた。
まだ表情はこわばり、顔も青い。だがその目には、意思の光が戻っていた。
「このまんま……かっこ悪いまんまで、死にたくはないからな。シュライン細胞のことなら心配ない。守里に電磁波ブレーカーを着けられちまったからな。もう、操られたりはしないさ」
自嘲気味に笑う東宮の両手首には、いずもと同じ大きな金属製のブレスレットが嵌っていた。
「あ……ああ……あんたは……アンハングエラのコクピットで通信を頼む。作業しながらじゃ、聞けないんでね」
「分かった。こんなことで……罪滅ぼしになるとは思っちゃいないが……」
言いながら東宮は、横たわるGの頭部を見上げた。
「明君……すまなかった。せめて君が目覚めるまで、出来る限り手伝わせてもらう」