11-7 核フレア
「核融合エンジンの使用限界まで二十秒!!」
「大丈夫だ!! それだけあれば、やれる!!」
干田が操縦レバーを引き下げると、ドラゴンは大きく広げた翼を畳み、水面スレスレまで急降下した。ほぼ一瞬で機体は、バシノームスの正面へと運ばれる。
「まずい!! これ以上は……!!」
石瀬の悲鳴に近い声。
ドラゴンの超スピードに、シュラインの意識を失ったバシノームスは反応できないでいる。だが、反応仕切れていないのは、操縦している干田も同じだ。この速度で突っ込めば、ただの特攻にしかならない。
「イチかバチかだ!! 核融合炉のフタ開け!!」
「了解!!」
カインの指がコンソールを走り、鈍い衝撃が機体に伝わった。あらゆる計器や操作盤のLEDが消え、モニターまでもがブラックアウトする。エネルギーが不足状態になった場合の安全装置が働き、すべての電子機器がオフになったのだ。
機体を制御するシステムが、一時的にすべてダウンした。だが、これでいい。カインはメインエンジンの手動排気レバーを思い切り引き下げた。
「Go!! 」
ドラゴンの核融合エンジンが開放され、胸部排気口を突き破って、すべてを焼き尽くす炎、核フレアが発射された。フレアは巨大なプラズマ塊となって目前のバシノームスへと向かう。
次の瞬間、強烈なGが、三人の体をシートに押しつけた。フレア発射の反動で、機体は高空へと弾き飛ばされる形になったのだ。
コンマ一秒後。
予備電源が入り、メインモニターが回復した時、画面には、すでに小さくなったバシノームスが映っていた。ぶつかる寸前の状況から、一気に数千mを飛ばされたのだ。
回復したモニターの中で、大火球がバシノームスの体内に吸い込まれていく。
だが、緩衝装置の能力を遙かに超えた衝撃により、一時的に意識を失った干田達三人はその様子を見ることはなかった。
ブルー・バンガードのメインモニターも、海面にのけ反るようにして立ち上がり、硬直したまま光に呑み込まれるバシノームスを捉えていた。
「いかん!! シャッター下ろせ!! 急速潜行!! 熱線が来るぞ!!」
ブルー・バンガードはすべての外窓を強固なシャッターで塞ぎながら、波を割るようにして船体を沈めていった。それによって肉眼では見ることが出来なくなったが、外部カメラはバシノームスの最後を捉え続けてていた。
フレアはバシノームスの体内で目映い光を放ち、これまであらゆる攻撃を無効化してきたその強靱な甲殻を内側からあっさりと溶かし尽くしていく。
バシノームスの体内では核融合が起きていた。すべてを溶かし尽くす高温のプラズマは、周囲に剣呑な放射線を撒き散らしながら、その巨体を跡形もなく消し去っていく。それはさながら、砂の城が風に崩れていくかのようであった。
「やったぞ!! ついにあのバケモノを斃した!!」
ブルー・バンガードのデッキは歓喜の声に溢れた。
ウィリアム教授はほっとした表情でシートに座り込む。紀久子も、隣の補助シートで僅かに微笑んでいた。オルキヌス乗員にシュラインが意識を移してからは、あのイヤな重圧は感じられない。
これでシュラインの戦力は大幅にダウンしたであろう。だが、チーム・ドラゴンはどうなったのか?
「ウィリアム艦長。干田さん達は?」
紀久子は心配そうな顔で言う。すでに熱線は去り、船体は浮上し始めているが、いまだにドラゴンからの通信は入っていなかった。
「干田君!! 石瀬君!! カイン!! 聞こえるかね!? 聞こえたら返事をしたまえ!!」
だが通信機からは、何の返事も返って来ない。
「クソッ!! ダメか!!」
「機体は、激しく飛ばされていました。もし、海面に叩き付けられていたら……」
想像したくはないが、四散していてもおかしくはない。
だがその時、通信機がかすかに音を発した。
『……何があっテモ……乗員の安全を確保スル……ソレが搭乗式兵器の必要条件ダ。そう言ったのハ、Professor。あなたデス』
雑音混じりで入ってきた通信は、カインの声だった。
「カイン!? 無事なのか!? 干田隊長は!? 石瀬君は?」
『石瀬はまだのびてますよ。無事……とはいきませんが……とりあえず全員、生きてはいます。』
干田の声。
さすがにくたびれはてた様子ではあるが、ケガをしている様子はない。
ふたたびブルー・バンガードの司令デッキは歓声に包まれた。
「なんとか……斃したようだな」
聞き覚えのある声に振り向いたウィリアム教授は、目を丸くした。
「樋潟司令!? 着艦しておられたのですか?」
輸送ヘリでこちらへ向かっていたはずの樋潟だ。戦闘の混乱の中、いつの間にか乗り込んできたのであろう。
「ウィリアム艦長、ご苦労様です。着艦とはいきませんでしたよ。結局輸送ヘリは放棄して救命ボートで乗り移らせていただきました。外はひどい状況でしたから」
救命ボートであっても、相当な危険を冒したのであろう。よく見れば、樋潟は頭からずぶ濡れだ。
「凄まじい戦闘だった。鬼王のギガクラスターと今のドラゴンの攻撃で、気流までもが変わった。墜落しなかったのが不思議なくらいだ」
樋潟の後ろから顔をのぞかせたのは、八幡であった。
通信もままならない輸送ヘリで、機動兵器と超巨大生物の死闘に巻き込まれたのだ。命があったのは僥倖と言うよりほかない。
「でもこれでもう……あとはオルキヌスを何とかするだけですね」
紀久子が少しほっとしたような表情で呟く。
G……いや、明のことは心配だが、いずもやアスカ、小林達、おそらく守里も付いていてくれている。巨獣や機動兵器と戦うよりも、機動性の低い船からの攻撃はかわしやすいはずだ。
そして何よりGは強い。ダイナスティスに取り込まれた自分を救い出してくれたように、シュラインの野望を砕き、オルキヌスの乗員達も救って、きっとまた、元気な顔を見せてくれる。そして今度こそ、平穏な日々に戻れる。戻りたい。
紀久子は心からそう願った。
だが、そんな甘い夢想を、冷徹な声が否定した。
「いや。決して楽観は出来ない。あのシュラインのことだ。必ず我々の想像の上を行く手を、何か残しているに違いない」
樋潟は徹底的な戦略家である。楽観的な状況判断は、敗北に繋がることをよく理解しているのだ。
「そうですな。万が一にもGが斃され、シュラインに新しいバイオマスが取り込まれるようなことがあれば、また形勢は逆転してしまう。チーム・ドラゴンを救出出来次第、我々もすぐに千葉へ向かいましょう」
八幡も大きく頷くのを見て、紀久子は俯いた。
そう言われれば返す言葉もない。いつまでこんな戦いが続くのか。
だが、誰もが苦しんでいるのだ。中でも、Gと融合して戦う明の苦悩に比べれば、自分の辛さなど、大したことはない。
紀久子は泣き出したいのを堪えて、顔を上げた。
*** *** *** ***
「ふう……ようやく一休みできるな」
干田は、ぼんやりと計器類を眺めた。
先程も意識を失っていたわけではない。緩衝装置の限界を遙かに超えたGによって、視界がブラックアウトしていたのである。
チェックシステムを走らせると、どうやら、機体は海面になんとか着水出来たようで、ほとんどの部分が無事であった。浸水箇所もない。ドラゴンの機体の割に大きな翼が、浮力を持っているらしく、どうやら沈む様子はない様子だ。
『干田隊長。よくやった。すぐに迎えの部隊を差し向ける』
通信機から聞こえてきたのは、樋潟司令の声だった。
「いえ。おそらく自力で帰投できます。これで……オルキヌスさえ奪還すれば、ようやく俺達も元の生活に戻れますかね」
干田の声は疲労感に包まれていた。
気力も、体力も、もう限界だ。石瀬もカインもそうなのだろう。背もたれに寄りかかるように、ぐったりとしている。
『……オルキヌスか。たしかに、あれに荷電粒子砲を発射させてはいけない……だが、後は我々に任せて君達は休んでくれ。オルキヌスは対巨獣仕様の特装艦とはいえ、ベースは巡洋艦だ。対潜水艦戦闘は不向きのはず。なんとかやってみよう』
ウィリアム教授の声は、不自然なほど明るい。言葉とは裏腹に、この戦いも、予想を超えた死闘となるであろうことを、予感しているのかも知れなかった。
「ウィリアム艦長。水生巨獣でもあるGと戦うことを前提とした特装艦が、対潜兵器を装備していないはずはない。危険だ。我々も連れて行ってください」
干田は戦闘への参加を申し出た。だが、カインは渋い表情でそれを否定した。
「隊長。ソレは無理ダ。さっきも言ったろう? もう機体が保たない。核融合エンジンは最後のPowerだト……」
「そうは言っても、このまま陸で休んでなどおれん。何とかならないのか?」
「ソコまで言うのなラ……G―REXに……」
カインが言いかけた時。激しい緊急信号が会話を遮った。
石瀬が、赤の点滅する画面上に目を走らせ、驚いた表情で叫ぶ。
「干田隊長!? 海底から……何かが近づいてきます!!」
「何!?」
「全長約八十メートル!! これは……速い!!」
「くそ。エンジン起動!! 飛ぶぞ!!」
「ダメダ。ドラゴンのエンジンはもう、起動できない!!」
たしかにエンジンは沈黙したままだ。わずかに残ったバッテリーのエネルギーで、ブルー・バンガードへ向かっていたのである。
『どうしたんだ!? 何が来るというんだ!?』
通信機から樋潟の叫びがひびく。
一瞬の決断の遅れも許されない。干田は脱出装置のレバーを躊躇なく引いた。
「緊急脱出!! 全員、対ショック姿勢を取れ!!」
樋潟達の見守る中で、巨大な水柱がドラゴンを呑み込んだ。
機体を四散させ、爆炎を切り裂いて空中に飛び出したのは、青黒く、平たい円盤のようなものだった。
水面から離脱した円盤はほぼ水平に空中を飛び、水切り石のように水面を跳ねて去っていく。実に数キロもの距離を、水切りで移動した後、円盤は水中に没した。その方角は、オルキヌスの去った北東だ。
「何だアレは!? 巨獣か!?」
「すぐに画像解析しろ!!」
「出ました。これは……カメ。ウミガメの巨獣のようです!!」
3D画像として映し出された、その円盤状の物体は、たしかに横から見ると紡錘形をしており、カメの甲羅に酷似している。
だが、八幡は大きく頭を振って否定した。
「バカな。ウミガメが手足や頭を引っ込められるものか。あんな生物は存在しない。こいつは擬巨獣だ」
八幡の推測通り、この円盤状の巨獣は擬巨獣、つまり複数の生物を合体させてシュラインが作り上げた生物体であった。
核となった海生亀類の姿を基本としてはいたが、その体はバシノームスの甲殻と同じ海生甲殻類で作られていた。
全てが固い甲殻で作り上げられた擬巨獣。
「それにたぶん……シュラインの意思を持っています……間違いありません」
紀久子がか細い声で言った。
あの擬巨獣を覆っていた禍々しい電磁波。元の人間に戻れたとはいえ、何度も刺激されて肥大化してしまった紀久子の前頭葉が、その気配を敏感に捉えていたのだ。
「分かるのかね?」
怪訝そうな表情の樋潟に答える紀久子の声は震えている。
「はい。私も……アイツに取り込まれていたことがありますから」
姿を見せたのはほんの一瞬であったが、それでも、確信を持つのには充分だった。
あのウミガメの巨獣には、シュラインの意思が宿っている。
黒い重圧感が、また紀久子の精神を占め始めている。吐き気が止まらない。逃げ出したいのに、逃げ出せない。どこまでも追ってくる過去に、紀久子の心は押し潰されそうであった。
「どういうことだ? ヤツはオルキヌスの艦長に乗り移っているのでは? 複数の対象に人格を置くことはこれまでしなかったはず……」
愕然と呟く八幡に、紀久子が血の気を失った顔を向けた。
「おそらくこれまでは、記憶の齟齬による人格の分裂を防ぐために、一度に二カ所以上に人格を置かなかったのでしょう。でも、たぶんもう、なりふり構っていられなくなった……」
「追いましょう。このままオルキヌスとあれが合流したら、Gが殺されてしまうかも知れません」
その時、オペレータの一人が振り向いて叫んだ。
「チーム・ドラゴンから通信!! 寸前で脱出できていたようです!! 繋ぎます!!」
「生きていてくれたか。三人とも無事か?」
『ええ……なんとか。しかし、さすがにもう戦えませんね』
「我々はあの擬巨獣とオルキヌスを追う。米軍横須賀基地はシュラインの細胞に汚染されている可能性が高い。その脱出ポッドは推進力がある。自力で自衛隊基地へ収容して貰ってくれ」
これ以上時間をロスするわけにはいかない。あのカメ型の擬巨獣は、オルキヌスと合流するため、凄まじい速度で進んでいるはずなのだ。
だが、ウィリアム教授が通信を切ろうとした時、カインが叫んだ。
『待ってクレProfessor!! ブルー・バンガードにトリロバイトⅡは乗っていマスカ!?』
「乗っている……カイン。君はまさか……」
『ガーゴイロサウルスも起動していると聞いていマス。あとはフェイロングスを出すだけダ。G-REXを起動させまショウ!!』
「それは現実的ではない……トリロバイトⅡはUフレームのみしかない。フェイロングスも臨時本部の地下から脱出できていないんだ。植物体に覆われた今、とても無事とは思えない」
『Uフレームだけでも、金属骨格の補強は充分ダ。それに、ボクの設計した機体ハ、出撃もせずに壊れたりはしナイ!!』
カインの意思は固いようだ。
返事が返せずに、通信機を手にしたまま立ちつくすウィリアム教授の肩を叩いたのは、樋潟であった。
「彼等を収容しましょう。バリオニクスの後継機・G-REX。もしかすると、この戦いのカギとなるかも知れない」
「フェイロングスを掘り出すだけでも……至難の業ですぞ? しかもあのカメの形をした擬巨獣の能力も何も分かっていないのです。もし間に合わず、Gをシュラインに取り込まれるようなことになったら……誰にも責任など取れない」
「むろんそうでしょう。我々の敗北は人類の敗北を意味します。しかし、おそらくこれが最後の決戦です。全戦力を出さずに勝てる相手ではない……」
だが、樋潟の目に迷いはない。ウィリアム教授は、諦めたように小さくかぶりを振った。
そして大きくため息をつくと、真っ直ぐ前を見据えて命令を出した。
「出力落とせ!! チーム・ドラゴン回収のため、減速する!! 三分後にジェネレータを再起動!! あの擬巨獣を追うぞ!! 」